トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2009年4月号

3・1ビキニデーから2010年NPT会議をめざして

新国際署名「核兵器のない世界を」と被爆の実相普及の取り組みに全力を

第4回聞き撮りプロジェクトを瀬戸市で開催

今回の聞き撮りは、瀬戸市にて。瀬戸反核センターの田中さんの計らいで実現。愛友会の遠藤さん、道上さん、恩田さん、高校生平和ゼミナールと平和委員会の青年学生6人を含め、20人が参加する企画となりました。被爆体験は、地元陶芸家の加藤錦三さんを中心に、愛友会の方々からもお話しいただきました。加藤錦三さんが被爆したのは16歳広島。おもに救援活動を通じて被爆。沖縄戦でお兄さんを亡くしている加藤さんは「2度と広島のような原爆被害をつくっては駄目だ。そのためにも平和憲法が大切。」と繰り返し語ってくださいました。また、陶芸家としての思いを語っていただいたり、川柳の自作を紹介してくださいました。

愛友会の皆さん、大奮闘。すでに700筆を突破!

2010年のNPT会議にむけて、県民の1割突破(70万筆)をめざし、取り組みを進めている新国際署名「核兵器のない世界を」。愛知県原水爆被災者の会(愛友会)の活動を紹介します。

愛友会事務局次長の水野秋恵さんは、3・1ビキニデー集会の帰りのバスの中で、「被爆者も目標をもって取り組みたい」と決意を話していました。

水野さんは、知人に、手紙と一緒に2枚ずつ署名用紙を送付。まず15人ほどに送ったところ、10人以上から署名が送られてきたといいます。そして、「毎日2人に手紙を出そう」と送り続けています。また、同じ春日井市在住の被爆者、加藤やすゑさんは常に署名用紙をカバンに入れ、通院している病院や年金者組合、また、高齢者向けの講座や同期の知人など、どこでも署名を訴えています。

愛友会副理事長の加藤裕啓さん(一宮市在住)は、「みなさんに核の恐さをよく伝えなくては」と、近所の方や知り合いに声をかけています。また、愛友会一宮支部でも署名を取り組もうと訴えています。加藤さんは、署名をお願いしながら併せて募金も一人百円ずつお願いしているとのこと。

同じく一宮市在住、原爆症認定集団訴訟原告の森敏夫さんは、最初は躊躇されていましたが、「NPT会議に行くんだったら100筆集めようと言われているので、やらなくては…」と言いつつ、町内会の会合や法事、また家に来るお客さんに訴えています。また、自転車屋を営む弟さんのお店にも署名用紙を置かせてもらっています。裁判支援など街頭宣伝には度々参加している森さんですが、コツコツと訴えて署名を集めるのは初めての経験です。“個人情報”を気にして住所を書くのをためらう人もいますが、自分が被爆者であることを話しながら訴えています。森さんは、水野さんの手紙作戦の話を聞いて、「それなら、自分も、遠くの知り合いに手紙を送ろう」と話していました。

西尾市在住の副理事長、森島文市さんも隣り近所をまわったり、西尾・幡豆・一色の被爆者に頼んで集めています。

こうして集められた署名は、3月25日現在726筆(県事務局に届けられたもの。支援ネットの宣伝も含む)。

「百筆達成したら、次は千筆を目指さなくちゃ」と水野さん。

ビキニデー以降、話題になっている「その時、歴史が動いた」の中で、ビキニ環礁事件当時の母親たちは「黙っているより遙かに効果がある。沈黙は賛成を意味する。」と、核兵器廃絶の署名に取り組んでいました。

今また、被爆者のみなさんと一緒に取り組む署名で、核兵器のない世界をめざして歴史を動かしたいものです。           (ム)

太田よしろうさんとともに平和な名古屋を語る集いを3/23に開催!

3月23日夜、民主会館において、「非核・平和都市名古屋を」、「憲法9条を守ろう」との願いを共有する場として、「太田よしろうさんと平和な名古屋を語る集い」を開催しました。

司会は、高橋信県平和委員会理事長。まず、最初に3人から報告。①矢野創県平和委員会事務局長から、陸自の行軍訓練の実態と対応、米軍と自衛隊の戦闘艦が頻繁に入港している現状と対応、小牧基地・C130Hや空中給油輸送機の事故状況と対応など。②佐竹康行県原水協事務局長から、'01年から始まった名古屋市との定期的な話し合いの様子、積極面として、ヒロシマとナガサキの原爆展の開催、戦争に関する資料館調査会による収蔵資料展開催の努力(毎年市内2会場、市外3会場)、消極面として、核兵器廃絶署名と「非核平和宣言」決議への拒否対応、被爆者の会への補助金削減の現状と被爆者に面談しない対応など。③共産党市会議員の山口清明さんから、「名古屋市政と自衛隊(陸・海・空)、平和行政」について、市当局から得た情報に基づく報告など。

太田候補からの第一声は、「行軍訓練を上飯田でみたけど、あれはいかん。市民に知らせんといかんわ」。続いて、南京問題(市が後援を断ってきた件)。「『9条』がつくと後援を行わないとする姿勢は納得できん。」「自治体は本来憲法に基づき運営をしているはず。9条がつくと『政治的』なんていうのはおかしい。」「南京展示に対する右翼の妨害は、事実だから、知らせたくないため。」「学校教育と社会人教育の中で(歴史教育を)やるべきだ。」「当時南京に派兵されていた人から、2万枚の写真をまとめたものをもっている。事実だ。」マニュフェストの6つめの柱で言う「非核平和名古屋市宣言」「非核名古屋港宣言」がこれらを具体的にしていくための施策になると明言されました。また、被爆者の会への補助金カットの問題が話題に。さらには、地震災害の救援活動で自衛隊が役に立たなかったことが出し合われ、それに比較して水道局と環境局のすぐれた仕事ぶりが話され、安易な民間委託ではなく、直営でこそ、積み上げのある両局が、地震災害などにも全国で有数の働きができることを太田さんから報告されました。自衛隊の職場体験学習が中学生に及んでいることも共通の認識に。

山口議員から、各党は総選挙で勝つための市長選挙という位置づけであること、自民も民主も西松建設問題ではオタオタしているが、総選挙勝利が正面に座るからこそ、いろいろあるが負けられない対応をしてくると指摘。いま、市長選挙の直中にあるため要求が通りやすい面もいかしながら、お互いにがんばろうとよびかけられました。

限られた時間ではありましたが、太田さんの平和に関する政治信条も窺い知ることができ、有意義な時間となりました。

最後に、沢田昭二県原水協理事長が、太田さんの人柄にふれながら、あいさつされました。

被爆者が願い実現をめざして、中区栄でアピール行動

34の被爆者(愛知21人・岐阜と三重13人)と支援者などで80人が参加

3月15日(日)被爆者の願い実現「春を呼ぶ」行動として、午前11時から名古屋市中区栄バスターミナル前にて、日本被団協東海北陸ブロック・県原水爆被災者の会(愛友会)・あいち被爆者支援ネットワーク主催でアピールが行われた。

この行動には、愛知原告の甲斐昭さん、森敏夫さん、中村昭子さんと愛知、岐阜、三重の被爆者総勢34人が参加。高校生平和ゼミナールの中高生、トヨタ車体自動車のうたごえメンバー、支援ネットの会員を中心に40人余、あわせて約80人の大行動となりました。この日、同時間帯で「ナースウエーブ」行動(70人参加)も行われ、宣伝場所は騒然とした状況でした。なお、2つの行動が交互にアピールしあいました。

めいきん生協の加藤さんの司会でスタート。午前11時から始まった行動では、愛知弁護団事務局長の樽井氏が現況を端的に報告されました。続いて、愛友会副理事長の堀さんが訴え。原告の甲斐さん、中村さんも「すべての原告の一刻も早い原爆症認定を」と強く訴えました。名古屋市職労の山岡さんは、「HOPE」「Love9」をうたいアピール。日本被団協代表理事の本坊氏、同事務局次長の木戸氏、岐朋会会長の白木氏と次々と訴え。県原水協理事長の沢田さんから解説的な報告の後、あいち支援ネットソング「いのちをかけて」を全員で合唱して行動を終えました。なお、2つのテレビ局と4つの新聞社が取材にきていました。

また、今回の行動に対し、田中志典犬山市長、杉浦正健衆議院議員(自民)、岡本充功衆議院議員(民主)、荒木清寛参議院議員(公明)、魚住裕一郎参議院議員(公明)、佐々木憲昭衆議院議員(共産)、井上さとし参議院議員(共産)から、暖かい力強い激励のメッセージをいただきました。

この行動を通じて、募金3,510円、「原爆症認定訴訟の全面解決を求める署名」80筆、「アピール:核兵器のない世界を」署名234筆(届けられた署名も併せて)が寄せられました。

草ノート

愛知では、昨年7月あたりから、県下の被爆者3000人を視野にいれ、映像で被爆体験を残す運動が、若者とともに始められた。まだまだ手探り状態の面もあるが、貴重な経験の積み重ねとなっている。被爆の実相、被爆者の声に向き合うことの意味とは何か。原爆に対する憤りを共有するとともに、その生き様は学ぶべきことが多い。9・11事件のとき、日本被団協は力による報復という手段ではなく、話し合いによる解決を求めたが、広島と長崎を経験した被爆者だからこそ意味合いが深い。

この間、犬山、豊橋、港区、瀬戸の被爆者15人から、若者を含め、のべ61人で貴重な被爆体験を聞かせていただいた。重く、つらいことを淡々と語る方、強く憤りを持って語る方、いろいろの思いがその場だけでもかけめぐる。中には、「被爆後から今日までのつらい体験や思い」は語れないという被爆者もお見えになった。でも、みなさんの共通する思いは、「2度とこんなにつらい経験は誰にもさせたくない。」「核兵器をなくしてほしい。」「平和憲法を守らないといけない」の3つ。

とりわけ20年余の活動を続ける愛知の高校生平和ゼミナールで学んだ人たちは、言葉では言い尽くせない心をもらってきたのではないか。被爆体験を聞くことを通じて、医師、弁護士、看護士、教員、保育士など、自分の進路を決めた若者も少なくない。そんな被爆者を映像に残していく活動は、若者の成長、地域との連携強化などいろいろな面をもっている。3000人の被爆者の映像を残すことはそう簡単ではない。でも、決してあきらめず挑戦することに自分の人生を重ねていきたい。(Y・S)