トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2010年4月号

3・11名古屋高裁判決 一名逆転認定

―原爆症認定集団訴訟へのご支援ありがとうございました―

愛知県内に住む被爆者4人が、自分の病気が原爆が原因であることを認めてほしいと国を相手に裁判をおこした原爆症認定集団訴訟の控訴審判決が3月11日、名古屋高裁でありました。高田健一裁判長は、一審の名古屋地方裁判所が認定しなかった2人のうち、新たに1人中村昭子さんの不認定処分を取り消しました。

原爆症認定行政を抜本的にかえさせた集団訴訟

愛知の被爆者4人は、全国の被爆者とともに、原爆症認定集団訴訟を通じて、国・厚生労働省の被爆者行政を告発してきました。遠距離や入市被爆者にも多数の下痢や脱毛などの急性症状が発生していることなどの被爆の実相を直視し、原爆がピカッと光ったときだけの放射線のみが影響があるとしていた国の原爆症認定基準が誤りであることを明らかにしてきました。このような主張は、全国の裁判所で認められ、今回の名古屋高裁の判決も含め、国が22連敗する結果となりました。

2008年4月からは、従来の審査基準が改められ、大幅に原爆症と認められる被爆者が増えました。また、昨年8月には、内閣総理大臣と日本被団協の間で、「原爆症認定集団訴訟の解決に係る基本方針に関する確認書」が取り交わされ、昨年12月には確認書に基づく「原爆症集団訴訟解決基金法」が成立しました。

司法とのギャップがある事が明らかな審査基準

名古屋高裁判決が、中村昭子さんの白内障を原爆症と認定したことは、まだまだ現行の認定基準が不十分であることを司法として明らかにしたわけです。7000人以上申請の滞留があることも大きな問題です。集団訴訟は終結に向かいますが、引き続き、国の被爆者行政が真に被爆者救済の立場にたつよう求めていきましょう。

3.20被爆者支援ネットが総会を開催

あいち被爆者支援ネットワークは3月20日、名古屋市千種区内にある生協文化会館において、第6回総会を開催しました。今回の総会は、集団訴訟が終結に向かう中で、支援ネットしての今後の方針を決めることを主な議題として開催。愛知、岐阜、三重、3県の被爆者21人を含め68人が参加しました。

反核医師の会、徳田秋さんからの開会のあいさつ、日本被団協東海北陸ブロック担当代表理事の本坊哲郎さんから来賓のあいさつをいただきました。弁護団から「集団訴訟と今後の課題」と題して、樽井直樹弁護士と澤田昭二さんから報告を行いました。樽井氏は、「3月11日の名古屋高裁の判決は、地裁の判決が最低レベルだっただけに、画期的な判決。新しい認定基準でも認定されなかった中村さんの逆転認定は今後の取り組みを進める上でも重要だ。一宮、知多など各地でこの取り組みの報告を行い今後につなげていく学習会を開きたい。いっそう被爆者と支援ネットのみなさんともがんばりたい」。澤田氏は、「医療分科会のメンバーを変えなければならない。たくさんの成果を生み出したが、今後の課題は滞留被爆者の対策や法改正問題など多々ある。」

参加された弁護団のみなさんからも一人一人コメントをいただきました。また、3人の原告からごあいさつをいただきました。団長の甲斐さんは、「4人すべての原告が認定されることを一番望んでいた。森さんだけ認定されないのはとても残念」、中村さんは、「みなさんのおかげでここまでこれた。よかった。」、森さんは、「認定されなかったのは残念。でも、たたかいの財産は、みなさんとの出会いだ」と、それぞれ話されました。

事務局からは、7年のたたかいを「支援ネットのあゆみ」と題して、パワーポイントで89枚にわたるスライドを使って報告。活動方針としては、当面、弁護団の協力を得ながら、愛友会、原告とともに、原爆症認定集団訴訟の7年のたたかいを各地で報告する場を設けながら、1)学習活動(「統一要求書」や,被爆者援護法の改正,様々な被爆者援護施策など)、2)愛友会との連携を密にし,被爆者を支える活動を被爆者任せにせず,被爆者支援のネットワーク作りに努力する。医師や医療機関,弁護士との連携も重視する。3)全国の支援ネットとの連携,集会・要請行動などへの参加。4)被爆の実相を、若者をはじめ,社会に知らせ,核兵器廃絶につなげていく活動。活動計画としては、1)NPT再検討会議に向け,署名活動と代表派遣のカンパ活動、2)被爆体験を聞き,記録し伝える活動、3)財政活動(弁護団費用の未払い金の解決。会費の徴収について具体的に解決する)などを提案しました。なお、名称は、集団訴訟という言葉をはずし、『つたえようヒロシマ・ナガサキ インあいち』ー被爆者支援・被爆行政の転換,核兵器廃絶をめざすネットワーク」を確認しました。報告のあと、参加者からの意見交流を行い、「いのちをかけて」の全員合唱、めいきん生協副理事長の仙田千鶴子さんから閉会のあいさつをいただきました。

民主党東海ブロック議員団への被爆者ヒヤリングと懇談会を開催

(国会議員11人秘書29人参加)

衆議院愛知6区選出、石田議員への訪問をキッカケに、民主党東海ブロック議員団へのヒヤリングおよび懇談会を3月16日に開催しました。もともと石田議員は、犬山市長時代に、故人となった殿原好枝愛友会理事長(当時)と懇意にされてきたことが、今回の取り組みの大きな要因ともなっています。「地方自治体の基本は平和である」と公言して市長時代を過ごしてきた石田氏は、被爆者である殿原氏のことを大変慕われていた。今回、国会議員は11人、秘書19人、併せて30人の集まりをもてたこと自身がまず重要な点でした。

最初に、木戸季市日本被団協事務局次長から口火が切られ、愛知原告の森敏夫さん、被爆者の会として、愛知・堀三郎さん、三重・本坊哲郎さん、静岡・川本司郎さん、石川・西本さんらが被爆体験を語り、「この間、認定却下が相次いでいる。滞留被爆者の認定を急いで欲しい」などと率直な要望も寄せられました。

弁護団からは、樽井直樹氏が「行政と司法の間の乖離」を取り上げ、いつまでも被爆の影響を被爆者自らが立証しないといけないのはおかしいと指摘しました。また、澤田昭二氏は、被爆実態と国の認定基準の違いを明らかにし、初期放射線だけでなく、内部被ばくと遠距離被爆の重大性を話しました。これに対して、石田議員からは、平和運動を続けてきた被爆者への激励をくださり、その後、「国の態度は論外。内部被ばくをきちんと認めようとしないのは論外だ」(吉田議員:東海衆院比例)、「小学生の時、はだしのゲンを見た。いまでも忘れられない」(大山議員:東海衆院比例)、「小学生から中学にかけて広島で過ごした。銭湯へいくと大勢のケロイドに出会った。実は、佐々木貞子さんの兄さんに勉強を教えてもらった。彼女とは同級生。この経験が政治家になる機会となったのではないか。もっと、充実した機会をもちたい。」(山下議員:岐阜参院)等々、一定の意見交換が図られました。集団訴訟が終結をむかえていくだけに、こうした機会を捉えて、被爆者の願いと要求を届けていくことが重要です。

5月のNPT会議にむけ、代表団結団式を開催

いよいよ核不拡散条約(NPT)再検討会議・ニューヨーク行動まで30日余。3月27日(土)、「署名を持って、2010年ニューヨークに行こう・愛知」として代表団結団式を名古屋市内で行いました。なお、結団式前には記者会見を行い5社が取材にきました。

情勢報告で澤田昭二氏(県原水協理事長)は「米国を初めとした核保有国と日本が核抑止力論から抜け出し、核兵器を廃絶するための国際条約をつくる出発点にしたい」と話しました。団長(遠藤泰生氏)と副団長(梅野敏基氏・水野磯子氏・高橋信氏・土井敏彦氏・大村義則氏)が提案・確認され、遠藤泰生団長(愛友会事務局長)が代表してあいさつ。遠藤氏は「たくさんの命を一瞬で奪う核兵器は存在すること自体が許されない。自分自身の被爆体験を世界の人たちに広く伝え核兵器をなくすよう訴えていきたい」と決意を述べました。続いて、現地事務局と被爆者支援サポーターが紹介されました。事務局からの報告で、ニューヨーク行動に参加者が被爆者5人を含め118人であること、いま集めている国際署名が21万2千筆(26日現在)を突破していること、県下の自治体で正副市長と議長、教育長が署名している愛西市をはじめ、11首長が署名していることなどが報告されました。参加者の交流では、愛高教、年金者組合などが発言しました。「代表団アピール」を採択し、水野磯子副団長のあいさつで閉会しました。

28日(日)午後には、参加者で名古屋市中区マルエイスカイル前で宣伝署名行動を行いました。

草ノート

3月11日、原爆症認定集団訴訟名古屋高裁判決の日、事務所に向かう車を運転しながら、頭の中では、裁判のことがかけめぐっていた。一審で認められなかった二人は、認定されるだろうか…絶対、認定を勝ち取りたい…私は、充分に支援の活動をしてきただろうか…もっと何かやれることがあったのでは…私が裁判官なら絶対に認定する……

裁判所の外で、判決を待つ間も、絶対勝ち取りたいと、祈るような思いだった。だから、「一名逆転認定」と知って、勝利したものの、「ヤッター」と大喜びできない状況に、心境は複雑だった。私には、医学の専門的な知識はないけれど、どうして認めてくれないのか、残念でならない。

もっとも当事者の森敏夫さんの心中は、もっと複雑だろう。悔しい思い、揺れ動く思いは計り知れない。それでも、判決後の報告集会で、毅然と「この裁判をたたかつて良かった。それは認定の基準が少し変わり広くなり、認定される人達が多くなった事が一番の成果で嬉しい事です。私は残り少ない人生を、りんとして胸を張り、誇りにして生きて行きます。」と挨拶された姿に感動した。

「恥ずかしくて、表に出られない」と言いつつも、民主党議員との懇談会に出席し、支援ネットの総会と「ご苦労さん会」にも参加、「 みなさんとの出会いが財産」と話してくれた。息子さんや娘さんにも励まされ、ニューヨーク行動には娘さんと参加される。

裁判を通じ、多くの成果が得られた。同時に、新たな課題も。弁護団の奮闘に敬意を表しつつ、被爆者とともに、これからも核兵器廃絶に向け、決意を新たにしている。 (む)