トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2010年7月号

―核兵器廃絶をめざし、行動を広げよう―

平和行進成功、次は世界大会へ

あいちの平和行進は、例年のように、愛友会、コープあいち、愛知作業所連絡会、うたごえ協議会、愛知県原水協に参加する諸団体(34団体・35地域)などが「あいち平和行進共同連絡会」を構成して取り組まれました。
愛知の幹線コースは、5月31日から6月11日まで12日間。12日間の到達は、38コース、行進距離約370㎞、参加人数6、011人、沿道募金349、057円、国際署名「アピール:核兵器のない世界を」3、557筆、届けられた折り鶴は7万羽以上となりました。

全体の基調は、以下の通りです。
①2010年NPT再検討会議の成果と今後の課題を多くの県民に広げることができたこと。集めた署名や折り鶴、そして沿道の反応、対話の中からも、核兵器廃絶への強い願いを感じることができました。
②「普天間基地を何としても撤去させよう」の声を県下に広げることができこと。行進カー(行進団前の宣伝カー)の横には、4月25日の沖縄9万人県民集会の写真にスローガンを入れた大きな横幕を毎日掲示して行進。また、JALの撤退する県営名古屋空港の軍事基地強化の問題が、県内通し行進者団長の西岡久男さん、同行進者で小牧に住む遠藤錦子さんを先頭に語られました。また、航空自衛隊小牧基地及び高蔵寺弾薬庫の要請団への対応が昨年より良くなりましたが、粘り強い地元を中心としたたたかいの成果です。
③新しいコース「名古屋市役所・清須市役所・永遠の塔(北名古屋市)」、「岩倉市役所・一宮市役所・江南市役所と木曽川及び尾西網の目」、「扶桑町役場・COOPいぬやま前」は、規模の面でも、取り組みの面(募金・署名など)でも、大きく成功したこと。すべてのコースで実行委員会を結成し、体制を確立し、繰り返しの実行委員会を開催し準備してきました。

具体的な特徴は以下の4点です。
ⅰ、「原爆の火」を幹線コースの先頭に掲げて7年目となる。核兵器廃絶の大切さ・平和の尊さをアピールするものとなっている。

ⅱ、新所原・桜丘高校、豊橋市役所・蒲郡市役所、名古屋集中行進・ピースアクション、一宮市役所などを中心に県下の被爆者が参加され、ご挨拶をいただいた。6月6日名古屋市中区栄で開催したピースアクションには、4人の被爆者が参加し、原爆症認定訴訟支援へのお礼と今後のいっそうの支援を訴え、支援募金66、276円が寄せられました。

ⅲ、生まれた様々な成果:
①自治体対応の新しい変化(a)挨拶と署名:首長と議長が揃って集会参加した自治体は、6つ。内、初参加のところは、知立市、清須市、扶桑町、半田市(市長交代)の4つ。また、知立市長、みよし市長、半田市長、半田市会議長、東浦町会議長の5人が「アピール:核兵器のない世界を」署名に応じました。愛西市では、4年目の挑戦で、24人の市会議員全員が署名に応じました。稲沢市と岩倉市では44%の市会議員が応じました。(b)被爆パネル:安城市は、6月2日表敬訪問の際、「原爆と人間展」パネル(日本被団協)と被爆展示組写真(日本原水協)を正式に購入を決定。
②協力と共同のひろがり:命どぅ宝あいちの会、セイブイラクチルドレン、9条の会、安保破棄実行委員会、宗教者、「おにぎりの会」など様々な取り組みと闘いを進めている方にも一定の呼びかけを行い、参加を訴えることができました。
③折り鶴運動:10万羽以上を目標に始めたが、行進の期間中だけで7万羽となり、昨年を大幅に越える折り鶴が行進団に託されました。特に、稲沢地域では、43、500羽という大きなプレゼントをいただきました。
④昨年誕生したコースの工夫:昨年県内通し行進者の奮闘で誕生した東区コース(北区コースに途中合流)が、今年は東区役所を出発し、独自にコースをつくり、若宮広場に到着した。
⑤原爆の火が今年も12日間通しでつなぐことが実現。桜丘高校と原爆の火を灯し続ける会のご厚意で、静岡からの引継ぎ場所で分火し、12日間原爆の火をつなぐことが今年もできました。原爆の火は、労山の方の支えで毎日灯し続けることができた。

ⅳ、全国通し行進者の大越文(おおこしぶん)さん、五十嵐成臣(いがらししげおみ)さん、生協のリレー行進者の平見日登志さん(わかやま市民生協)とともに、16名の県内通し行進者と生協リレー行進者が各コースを歩き、連日、奮闘された。原爆の火を掲示、自治体要請、署名募金隊など、歩くことを中心におきながらも、行進団を励まし支える様々な役割を果たしていただきました。

NPT・ニューヨーク行動の成果を基礎に、世界大会パンフ普及、代表派遣の取り組みに全力を

いよいよ、2010年世界大会まであと50日となりました。ことしの世界大会は、5月のNPT会議にむけて原水協が果たした役割を確信に、2010年代に向かって内外での新たな運動の高まりを創り出す歴史的な大会です。すでに、大会成功に向かって、国連代表やNPT再検討会議でも重要な役割を果たした各国政府代表、それぞれの国を代表する反核平和運動や核被害者の運動の代表の招請など、国際的な準備も全力を挙げて進められています。全国的にも、NPT再検討会議に、知事、首長・副首長、地方議会正副議長など、1522筆の署名を含む691万筆を提出した成果を基礎に、NPT・ニューヨーク活動の報告が旺盛に行われており、その中で、2010年世界大会への新たな期待が急速に高まってきています。一方で、日本の前途にかかわる参議院選挙が目前に迫ったいま、私たちは、現在の取り組みを通じて、非核平和の日本のための選択を広く訴えるとともに、世界大会の取り組みも、大会パンフに基づく学習と代表選出を重点に、急速に進めようではありませんか。

「行こう・愛知」でNPT会議・ニューヨーク行動報告会を開催!

今度は世界大会の成功をめざそう!

核不拡散条約(NPT)再検討会議に呼応して5月初めに行われた、核兵器廃絶を求めるニューヨーク行動の報告会が5月15日、名古屋市内で開かれ、参加者が感想や今後の活動への抱負などを語り合いました。
同行動には、県内から被爆者5人を含む131人が参加し、国際署名「アピール:核兵器のない世界を」約25万人分を同会議に提出しました。
団長の遠藤泰生・県原水爆被災者の会(愛友会)事務局長は、「行動を通じて広がった運動の輪を今後の活動に生かしていきたい」とあいさつ。
基調報告にたった大村義則副団長(県原水協代表委員、豊田地域原水協事務局長)は「核兵器廃絶にむけて、世界が大きく前進していると実感した。2005年の取り組みがあり、その後の私たちの闘いが国内外の世論を作りだしている。運動をさらに飛躍させ、平和行進や原水爆禁止世界大会を成功させよう」と提起しました。
現地で労働組合と交流した長坂圭造さん(豊橋市職員労働組合委員長)は、「かつて日本でもよく使われた、軍事よりも福祉や教育を優先すべきだという運動が米国でも広がっている。核兵器を廃絶し、平和な世界をめざす取り組みを地元でも発展させたい」と発言しました。
その他、新婦人、名古屋市職労、愛知県高教組などからも活動の報告がありました。現在愛知では、ニューヨーク行動の参加者が先頭にたって各地で報告会の活動が積極的に進められています。
今回の行動は、参加された方を先頭にした派遣募金と署名の取り組みはこの間にないものとなりました。「行こう愛知」と愛知県原水協が呼びかけた「100万円募金」には、多くの方に応えていただき、1,296,607円の募金が寄せられました。この募金は、愛知から参加した5人の被爆者と、2人の英会話サポーターの参加費及び諸活動に必要な事務費などにあてさせていただきました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。

「非核神戸方式」を学ぶ学習会を開催

非核の政府を求める愛知の会は、6月15日、兵庫県原水協の梶本事務局長をお招きし、非核神戸方式の学習会を開催しました。参加者は32名でした。
神戸市議会は、1975年3月18日、「核兵器積載艦艇の神戸港入港拒否に関する決議」を全会一致で決議しました。神戸市当局はこの決議にある「核兵器を積載した艦艇の神戸港入港を一切拒否するものである」との文言を実効あるものとするため、入港希望当該国(公館)に、非核証明書の提出を求め、提出のない場合は入港を認めないという行政措置を執ることを考えつきました。これが、非核神戸方式の誕生です。
神戸港は,戦前軍需産業が盛んであり、戦後も朝鮮戦争やベトナム戦争で米軍の重要な補給、休養基地として使用され、米軍兵士による神戸市民とのトラブルも多発していました。核兵器を積んでいるというラロック発言などもあり、平和な神戸港を望む市民の闘いが、市議会の決議を生み出し、神戸方式が実現しました。ところで、原水協のメンバーは、このような措置が執られていることを10年間ほどは知らなかったそうです。
日米軍事同盟の再編強化の下、有事法制も整備され、日本の空港、港湾が、自由勝手に米軍が使用できる態勢が整えられつつあります。また民主党政権のもとで、核密約は公表されましたが、核積載艦艇の入港を事前協議の対象としないことについて、日米間で認識の不一致があったとし、この認識の不一致をただす交渉は行わないとしています。つまり、核密約の効力は生き続けています。
アメリカは執拗に神戸方式の骨抜きを企んでいます。アメリカは、有事における核兵器再配備の方針は変えていません。非核日本の実現のため、非核神戸方式を守り、日本全国に広げていくことが、非常に重要な課題になっていることがよくわかりました。
愛知では、名古屋港の現在の管理者は河村名古屋市長です。市長は、「私が調べたところによると核を積んでいない。北朝鮮が核をもっているので国益を念頭に行動したい」と発言しています。このような姿勢を改めさせるためにも、今回の学習会をきっかけに具体的な運動を展開していくことを参加者で確認しました。
(非核の政府を求める愛知の会 事務局長 長尾忠昭)

草ノート

今年、53年目を向かえた平和行進。私が平和行進に初めて参加したのは、80年代初め。労働運動で初めて参加したのが平和行進でした。当時の中村コース、木曽川町コースに参加した思い出がいまでもあります。
こうした平和行進の出発点はまぎれもなく、ビキニ環礁での米国による水爆実験、第五福竜丸を含めた一千隻近い漁船への甚大な被害がある。広島、長崎を繰り返したくない、戦争のない平和な日本をつくりたいとの強烈な思いが日本のなかで広がる下で起こった重大な出来事でした。原水爆禁止の署名が始まる、原水爆禁止世界大会が開催される。こうした中で、「原水爆禁止の願い」を込めて、東京から広島へ歩き始めた西本あつしさん。
あれから53年目。その頃歩いたと言われる清洲・美濃路を歩くことになった。
今回、新しいコースとして、岩倉市・尾張健友会千秋病院・一宮市・江南市、扶桑町・コープいぬやま・各務原、そして、美濃路を通る名古屋市・清須市・永遠の塔(北名古屋)の3つのコースを歩いた。
大きな感動を呼んだのが、診療時間にもかかわらず、時間をつくって参加していただいた院長さんはじめ、職員のみなさんの千秋病院の歓迎集会でした。折り鶴をレイにして全国と県内の通し行進者にプレゼント、大変な感激だ。
そして美濃路だ。通過したとき、「手を合わせて拝んでいる人がいたよ」の声。前日まで、1軒1軒尋ね歩いて、チラシと署名と募金袋を届けた大きな成果!こうした草の根運動があるから、原水爆禁止の声と運動が続く。その感動が新たな確信となって、またさらに広がることになるのでしょう。   (さ)