トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2010年9月号

―原水爆禁止2010年世界大会―

「核兵器のない世界」へむけ、新たに決意!

被爆65年被爆者とともに立ち上がろう

「核兵器のない平和で公正な世界を」を大会テーマに8月2日から9日まで広島、長崎両市内で開催された原水爆禁止2010年世界大会は、国連・政府・関係機関代表を含め、27カ国から75人の海外代表が参加。内外の代表総数は、8月2~4日の国際会議に250人、4日の世界大会・広島開会総会に7400人、6日の閉会総会/ヒロシマデー集会に8000人、9日の世界大会・長崎全体集会に2000人が参加し大きな成功をおさめました。


大会には、核兵器廃絶の先頭に立ってきた非同盟運動の議長国を3代にわたって務めているキューバ、マレーシア、エジプトや、毎年世界大会に参加してくれているメキシコ、NATO加盟国にもかかわらず期限を切った核兵器廃絶を主張しているノルウェーなどから政府代表が参加しました。
 また、3年連続の参加となったセルジオ・ドゥアルテ国連軍縮担当上級代表は、「非核兵器国からなる新しい世界に続く架け橋をともに渡ろう」と呼びかけ大きな感動を呼びました。

 

海外代表も、ジョゼフ・ガーソンさんやライナー・ブラウンさんといったニューヨーク行動の中心人物や、広島被爆者でカナダ在住のセツコ・サーローさん、今なおアメリカの占領支配にさらされているアフガニスタンのウィーダ・アハマドさんなど素晴らしいスピーチでした。

日本の運動も、「抑止力」とのたたかいでは焦点となっている沖縄や、世界大会成功のため、全国11コースを核兵器のない世界を訴えて歩いた国民平和大行進の通し行進者文ちゃん、五十嵐さんら、また周囲の人の協力で「核兵器のない世界を」署名をNPTニューヨーク行動までに7500人分の署名を集めた新日本婦人の会大村支部の代表が話しました。
愛知からは2人が発言。県高教組青年部の森崎裕美子さんは、昨年12月から始めた署名の集め方、ニューヨークでの訴え方について知恵を出し合ったこと、ギター片手に歌いながら「サイン、プリーズ」と訴えたことに大きな拍手が起こりました。日本に帰ってからも報告集とDVDを作り、県内15カ所で報告会を開いた経験を紹介しました。
被爆者の体験を聞いて、映像に撮る『被爆体験聞き撮りプロジェクト(略してききプロ)』にとりくむ小田前恵子さん(愛知の代表)も、取り組んだ動機と22人の県内被爆者からの聞き撮りをした経験を話しました。
多彩な発言に会場から連帯の拍手が送られました。参加者は3日間で旺盛に議論・交流を繰り広げました。

愛知は、小学生から80代の方まで、総勢284名が参加し、討論に、交流に、国際会議から長崎大会まで大いに奮闘されました。 



NPT会議・NY行動報告会 世界大会報告会 海外代表との交流など多彩に開催

●春日井地域

第18回春日井平和展は、7月26日から31日まで市民サロンで開催され、420名の市民が参加。今年は核も基地もない日本がテーマで、沖縄の普天間基地と連帯した展示が多く見られ小牧基地強化の様子は市民の関心を呼んだ。また、27日開催のNPT報告会には25名が参加。佐竹原水協事務局長のDVD映像とスライドを使った報告と、赤塚さん、虫明さんによる世界中の参加者と交流した生々しい報告で再検討会議の成功を確認することができました。

報告会と併せて実施した平和映画会は原爆問題を扱った「千羽鶴」を上映。この映画は「広島で被爆して10年後に原爆症で亡くなった少女、佐々木貞子さんと、彼女のクラスメイトたちの奮闘によって建設された原爆の子の像設立の劇映画」で鑑賞後に多くの皆さんがその感動を語ってくれました。 (「春日井ピースジャーナル」8/28)

●岩倉地域 -フィリピンから世界大会海外代表・コラソンさん来たる-

8月11日、フィリピン国内の米軍基地撤去運動の中心を担った、非核フィリピン連合の事務局長、コラソン・ヴァルデス・ファブロスさんが、岩倉市の平和行政の視察に来られました。

コラソンさんと歯科医のマギティングさんの2人は片岡市長を表敬訪問、平和への熱い思いを語り合いました。学校教育課・秘書課との懇談、総合文化体育センターと市役所2階で展示している「戦争展」等の視察の後、馬路議長、市職員組合、市民団体との懇談と、忙しい日程でした。

新婦人、年金者組合等の市民団体との懇談では、フィリピンの紹介や、92年の米軍基地撤去を実現させた激動の時代背景、これからの課題などをユーモアたっぷりと話して頂きました。

国内だけでなく、世界各地の運動と連帯することの大切さを感じました。(週刊民報「いわくら」8/22)

●豊田地域 世界大会報告会

8月29日、豊田産業文化センターで「2010年原水爆禁止世界大会報告会」が開催されました。主催したのは、地域原水協と新婦人。大村よしのり市議、新婦人の宮島よしえさん、民商の内藤いく子さんが報告。大村市議と内藤さんはパソコンとプロジェクターを使ってのスライドで報告。「大会に参加したようだ」と大好評。宮島さんは、新婦人の小組でも報告を何回か行っていて、手軽に出来るように自分で撮った写真を貼り付けた「パネル」を使って報告。内藤さんは、民商から参加した若い会員さんが、来年もぜひ参加したいと述べるなど、世界大会で大きな成長ができたと報告され、感動をよんでいました。

参加者からの質問では、「『原水禁』は、まだ大会をやっているのか?」、「海外代表は、どういう関係で参加するようになったのか?」等様々な質問が出され、大村市議をはじめ参加者が答えました。大村市議は、日本原水協が国際活動を発展させる中で、海外の様々な反核・平和団体や活動家との接点ができた事、国連NGOとしての活動を発展させる中で、国連機関や反核・平和に熱心な各国政府との接点が多く築かれるようになった事を述べながら、世界大会の参加者が海外代表を招待する「物心両面」の支援をしていると強調しました。参加者は、引き続き、毎月の署名行動を取り組むことを確認しあいました。次の行動は、9月19日(日)午後4時から 豊田市駅デッキ上の松坂屋前で行います。(豊田地域原水協・大村義則)

●瀬戸地域 世界大会報告会 -ガーソンさんをお迎えして-

世界大会に参加した海外代表を迎えて交流するようになって随分立ちます。

今年はNPTニューヨーク行動責任者で、時の人、アメリカフレンズ奉仕委員会のガーソンさんと、ドイツから若い女性ニーナさんが来てくれることになったと連絡があり、びっくり!

「ビッグニュースですよ~瀬戸の報告会にガーソンさんがきてくれます!歓迎イベントも募集中!」尾張旭新婦人からフラダンス小組と、コカリナ小組から連絡が入りました。初参加です。瀬戸からは、朗読とコーラス。盛りだくさんすぎるかな?と思いましたが全部お願いしました。

午前中は“9条猫”を作っていただいている“和窯”でロクロ体験。ロクロの前にガーソンさんは大きな体を押し込め、初めのうちは“ぐにゃ!”と崩れましたが、形ができてくると歓声が…。お昼は、持ち寄り昼食会。所狭し、と置かれた昼食は、“中華レストランみたい!”

報告会には45名の参加。ガーソンさんからは、NPT行動へむけて取り組んだ日本の活動が多くの成果を生んだこと。欧米の反核運動に勇気を与えたこと。被爆者の体験を継承する活動の重要性等が語られました。ニーナさんからは、自分が取り組んでいる反核運動の様子が紹介されました。私たちも“お話を聞く”だけでなく、日本特有の草の根の活動を知ってもらうために、平和行進や1500名の参加者を迎えたピースフェスティバル、市内に34ある9条の会の取り組みの様子をそれぞれお伝えし、暑い夏の一日、大満足の交流会を終えました。(瀬戸反核センター・田中詔子)

●女性のつどい

8月11日(水)夜、名古屋市女性会館ホールにて、”2010年国際交流あいち平和女性のつどい”が開催され、130名が参加しました。同つどいは、毎年、世界大会海外代表を招いて、活動交流するもので、今年で26回目を数えます。

今回は、アメリカフレンズ奉仕委員会のジョセフ・ガーソンさんと非核フィリピン連合のコラソン・ヴァルデス・ファブロスさんをお迎えしました。

オープニングは新婦人中支部フラダンス小組のフラダンス。新婦人の水野磯子さんの開会挨拶のあと、沢田昭二さんが今年の世界大会の特徴について、また、コープあいちの虫明さんは世界大会に参加した感想を、それぞれ報告しました。新婦人県本部は、今年4月、韓国ソウルで日韓の被爆者とともにおこなった核兵器廃絶署名行動などについて、特別報告しました。

いよいよ海外代表のお話。ガーソンさんは、NPTニューヨーク行動の一環として開催した”国際平和会議”に潘基文国連事務総長が出席したことに触れながら、核兵器のない世界が目の前にきていること、その実現にむけて、新しい段階に入っていることを訴えました。

コラソンさんは、昨年9月にマニラで開いたアジア平和女性会議で、被爆者の水野秋恵さんが講演したことに感謝しつつ、沖縄、グァム、韓国など米軍基地に反対する運動について話しました。

お二人への記念品を手渡したあと、参加されたみなさんからも一分間発言。

愛友会・遠藤泰生さんの閉会挨拶後、「青い空は」を全員合唱し、つどいを終えました。

草ノート

8月の6日・9日、広島と長崎の地を訪れるのは、これで14回目。20代には労働組合青年部の代表として広島大会に、30代には民青同盟の代表として長崎大会に出向いたときとはひと味違い、自分の人生にとって広島と長崎はかけがえのない地になっている。

大会の期間中は仕事が当然あるため時間の制約がある。そのため今回の広島は、8月6日朝方3時過ぎに起きて平和公園を友人に誘われ歩いた。暑い日中と違い、また、6日式典の準備の関係からも装いは格別だ。とても、厳粛で、訪れる方も多数いる。原爆ドーム、原爆供養塔、慈仙寺跡、韓国人慰霊碑、原爆の子の像、そして平和都市記念碑と順番に訪れる。何とも言えない気持ちになる。「今年も来れたよ」「平和を守るためにもっと頑張るよ」「核兵器はただちになくしていけるように全力をあげる」等々。

5日夜、愛知の被爆者のみなさんと、尾張健友会の研修医佐藤先生を囲んで広島焼きをつつきながら食事をしたので、皆さんの笑顔が浮かんできた。このことも格別だ。

6日、大会終了後に、初めて国立広島原爆死没者追悼平和祈念館を訪れた。元気な頃の木戸大さん(名古屋市原爆被爆者の会前会長、04年3月死去)に再び会うことができた。このことも格別だ。

 大会の成功とともに、こうした時間を過ごすことができて、新たな力がみなぎってくるのを感じた。

いま、6月に生まれた初孫の顔の写真を眺めているが、これまた格別だ。 (Y・S)