トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2010年10月号

核兵器廃絶をめざし、秋の行動に全力を

「核兵器をなくすために、私たちにもできることがある」

愛知県平和委員会 青年・学生部 部長 髙木 秀一

9月25日、愛知県平和委員会青年・学生部と原水爆禁止愛知県協議会は、原水爆禁止2010年世界大会の報告会を開催しました。今年の世界大会はニューヨークで5月に核不拡散条約再検討会議が開かれて以降、核兵器廃絶にむけて議論を重ねる初めての国際的レベルでの会議となりました。報告会講師は、日本原水協事務局次長の安井正和氏。


まずは、出来たてほやほやの世界大会DVD(日本原水協作成)を上映し、参加者で世界大会の模様を実感。その後、安井氏はビキニ環礁での水爆実験の「死の灰」が世界規模にひろがり、「戦後」最大の環境汚染であった(9/19「朝日」)と紹介し、核兵器廃絶への署名が広がった経緯や、第五福竜丸乗組員でただ一人証言活動を行っている大石又七さんの取り組みを紹介し、核兵器廃絶に向けた市民運動の広がりを紹介しました。その中で、今年の世界大会が、NPT再検討会議を経て、核兵器廃絶に至る次のステップを共同で探求する国際的な努力の場として、歴史的成功をおさめたと語りました。また、日本原水協など被爆国日本の市民運動の呼びかけに応えて来日した潘基文国連事務総長の言葉を引用し、核兵器廃絶は夢物語ではなく、むしろ核抑止力への依存こそ幻想であり、安全保障に名を借りた妄想だと紹介。国連総会で核兵器廃絶の言葉も言わない菅直人首相を糾弾しながら、核抑止力論を打破し、核兵器禁止条約締結にむけ、国連軍縮総会を目標に、さらに草の根での署名・宣伝行動を強めようと呼びかけました。

安井氏の講演後は、参加者によるグループ討論。参加者は、中学生から被爆者までと広範にわたり、世代の壁を越えてグループに分かれ、感想交流等を行いました。

今年の世界大会に参加した民医連代表は、「初めての参加者ばかりであったが、各々が職場や地域で報告会を開催している。」と語り、「ずっと世界大会に参加したかった」という女性は、「核抑止力論を打ち破り、被爆体験を語り継ぐことがとても重要だと感じた」と語りました。大学生の女性は、「参加した学生一人一人が、広島で一日一日過ごす中で、核兵器廃絶にむけて自分も何かしたいと深めていた。」と世界大会期間中の大会参加者の変化を語り「若い世代でどう行動していくか考えていきたい」と語りました。

報告会を通して、①歴史的世界大会の成果を幅広く広めよう②被爆者の被爆体験を受け継ぎ、語り継ぐ取り組みの開催呼びかけと「ききプロ」への参加呼びかけ③署名をさらに広めていこうと行動提起が行われ、11月の沖縄県知事選挙勝利とともに、全力で頑張りぬこうと、参加者一同で決意をしました。



平和のつどい、被爆体験を語る会など、県下各地で多彩に取り組みを開催

●平和のつどい 尾張健友会

尾張健友会千秋病院では8月22日「2010年平和のつどい」がケアハウスちあきで行われました。「平和のつどい」は毎年、土・日に行われる盆おどりに合わせ、日曜日の午後行われる恒例の行事です。  今年のつどいは「アンポ」を知らない世代が多くなる中、日米安全保障条約を学ぶことを今回のテーマにしました。  DVD「どうするアンポ」を観た後、記念企画として「安保と沖縄」と題して健康友の会岩倉支部の新城正男さんの講演を聞きました。新城さんは沖縄出身で「命どぅ宝」の活動をされていて沖縄が抱える米軍基地の危険性や戦後の歴史は安保が規定づけていることを判り易く話して下さいました。  つどいには60名を超す参加があり、一宮うたごえサークルTomorrowの歌やNPT再検討会議報告、広島世界大会報告、被爆者体験談、芋がゆの試食など盛りたくさんの企画でした。参加者からは「新聞紙で作った防空頭巾を実行委員がかぶるなど工夫されていて豊かなつどいだった。原爆の体験は出来ないので想像力を働かせないといけないが体験談が貴重です」米も芋もたくさん入った芋がゆを食べて「戦時中は芋に米粒が付いているようなものだった。こんなにおいしい芋がゆが食べられるのはしあわせなこと」と感想が寄せられました。   (担当/小栗靖)

●被爆体験を語る会 名古屋市立大学人文学部菅原ゼミ

9月7日、名古屋市立大学人文学部の菅原準教授から、ゼミ生に被爆者のお話をしてほしいと要請され、遠藤泰生さん(愛友会事務局長・名東区在住・被爆地広島)と水野秋恵さん(愛友会事務局次長・春日井市在住・被爆地広島)とともに、滝子校舎を尋ねました。

当日ゼミ生は13人全員が参加。遠藤さんは、広島市内の地図を使って、被爆した地点、住居の場所、動員され働いていた場所などを指し示しつつ、当日の様子を写真と絵のパネルを使ってリアルに話されました。「こんな悲惨な思いは皆さんにはあじあわせたくない」「そのために県内だけでなく、今年のNPT会議・ニューヨークの行動など海外にも出かけていき語ってきた」などと訴えました。また、水野さんは、「なぜ、原爆が投下されたのか」「近現代史を学んでほしい」と話されました。

●被爆者相談会の様子を実演し学習

県原水協被爆者連帯部は、9月23日名古屋市東区内にある、愛知民主会館2階会議室で「被爆者支援のための学習会」を開催しました。今回のテーマは、今秋の愛友会主催の「被爆者相談会」へのサポート活動です。

はじめに、愛友会副理事長の堀三郎さんから、認定申請の現状と会の相談活動の様子などを報告いただきました。とくに、勝訴してきた司法の水準と厚労省との間での乖離の深刻な現状、さらに9月21日に厚労省が情報開示した却下被爆者の問題は深刻で、愛知でも80~90%が却下されている。さらに、少なくない被爆者が申請して随分経つのに音沙汰ないなど、まさに待ったなしの課題となっています。

今日のメイン企画である、被爆者相談会の実体験講座「相談ロールプレイ」は、水野秋恵さん(春日井市在住被爆者、愛友会事務局次長)と大村義則さん(県原水協代表委員、被爆2世)にお願いしました。水野さんは実際に相談を受けた被爆者を例にして、大村さんに相談。



大村 こんにちは
水野 こんにちは
大村 まず、お名前、お住まい、年齢被爆地など教えていただけますか
水野 はい、名前は○○、住まいは江南市、年齢は74歳、被爆地は長崎で1,8㎞です。
大村 今回はどんな相談でおみえになりましたか。
水野 書類を出したいので。
大村 手帳申請ですか? 認定の申請ですか?
水野 認定を受けたくて来ました。大村 そうですか。被爆した当時の様子を教えてください。
水野 はい、7歳時、家が壊れて柱の下敷きになり、手足にしびれがあり、首に異常があり、仕事がで きなくなったんです。原爆のせい だと思います。
大村 病歴はどうですか。
水野 子宮筋腫、ぜんそく、高血圧などいろいろあります。

…とやりとりをしていきました。


○○さんは、申請後、却下され、異議申請後、今年3月に棄却通知が来ました。とても落胆しました。直接相談を受けていた、水野さんは、納得できなければ訴訟するか、もしくは仕事が出来ない生活状態なら生活保護を申請するか、提案をしました。結局、○○さんの場合は、訴訟をせず、生活保護の申請援助を行い、現在支給されるようになりました。

こうしたやりとりの後、参加者で意見交換をしました。実際に相談会に参加し、被爆者を前にしたときに、何を聞き出し、どうこたえたらいいのか、簡単なマニュアルをつくることにしました。また、相談会はあくまで入り口であり、その後の相談活動に活かすためには、住所連絡先をきちんと聞き、可能なら非会員には愛友会に加入していただくように進めることを確認しました。4回ある相談会には、被爆者支援サポーターとして、3人程度は組織することも確認し、参加者のうち、のべ6人が参加することを表明しました。

今後、学習会は講座形式にすることを目標に、当面、学習の努力と一体に相談会への参加を強めながら、計画される全自治体要請行動(被爆者行脚)の提案にも積極的にこたえつつ、取り組みを強めることを全体で確認しあい閉会しました。

2011年版いわさきちひろカレンダー普及のお願い

今年もあと3ヶ月。いわさきちひろカレンダー普及の季節になりました。世界中のこどもの平和としあわせを願い、核兵器廃絶と被爆者援護・連帯のために創り出されたカレンダー。その愛らしい絵は、ホッとする空間をつくりだしています。

地域や各団体での年末財政活動として、またお歳暮などにご活用ください。1,400円。

★お申し込みは県原水協(052-932-3219)まで。

草ノート

堀一さん(県原水協前事務局長)は、いまどんなところで生活し、活動しているんだろうか、という質問を今でもよくされます。去る5月22日に「堀さん、ありがとうのつどい」を行いましたが…。

そこで、9月11日・12日と泊まりで、「日本一のふるさと村」(三重県大紀町)に被爆者のみなさんとともに出かけてきました。

県原水協の事務局がある、愛知民主会館から、高速道路を使えば、2時間ぐらいかかりますが、案外近い。大紀町は、山に囲まれ、川が近くに流れ、20分程度車で移動すると海にも行くことが出来る、まさに自然の中にある、村という場所に「ふるさと村」がありました。詳しくは、グーグルで「日本一のふるさと村」を検索すると、HPがみれます。一度ご覧下さい。

「老いても住み慣れた地域で安心して暮らしたい」「子どもが自然の中でイキイキできる田舎がほしい」「行きつけの農家でリフレッシュしたい」など構想があるようです。女将さんは、知る人ぞ知る!瀬古ゆきこさんです。

私たち、被爆者の方6人を含めた18人の一行は、11日には沖縄料理とバーベキューパーティー、12日は、かまどご飯と焼きたてのパンで朝食、流しそうめんと天ぷらで昼食という、大満足の2日間を過ごすことが出来ました。

堀一さんはとても元気で、同場所の事務局長として大奮闘されていました。一度みなさんも出かけられたら如何でしょうか。ちょっと疲れたなーと思う方も、癒しの場所になると思いますよ。      (S)