トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2010年11月号

核兵器全面禁止・廃絶条約の締結をめざし、取り組みを強めよう

核抑止を拒絶する多数派形成のためにー

沖縄海兵隊の抑止力論議と関連して

10月24日(日)午後、名古屋市女性会館視聴覚室にて、松竹伸幸さんを講師に「核抑止力」論を克服するための学習交流会を開催しました。主催は非核の政府を求める愛知の会と原水爆禁止愛知県協議会で、31名が参加。


10月24日(日)午後、名古屋市女性会館視聴覚室にて、松竹伸幸さんを講師に「核抑止力」論を克服するための学習交流会を開催しました。主催は非核の政府を求める愛知の会と原水爆禁止愛知県協議会で、31名が参加。

沢田昭二県原水協理事長の開会挨拶のあと、「核抑止を拒絶する多数派形成のためにー沖縄海兵隊の抑止力論議と関連して」と題して、松竹さんの講演が始まりました。

松竹さんは、まず「核抑止力論は、いろいろな角度から見てよい」と話し、自身が関わるかもがわ出版の傾向別にみる「安保・普天間」関連書籍一覧を紹介しながら、「安保条約は大事だが、普天間基地はいらない」と考える人はたくさんいる、安保を問わなくても核抑止を拒絶するようにすることも必要としました。

そもそも「核抑止」という考え方は、戦後の対ソ連政策から生まれています。核兵器ですべてを殲滅していく戦略をとるといえば、「敵」はアメリカと闘わないだろう、しかし、そのためには「敵」をよく知っていないと成り立たない、そうこうしている間に、他国も核兵器を持つようになっていく…アメリカが核保有国だから戦争しないかといえば、朝鮮、ベトナムなどアメリカと闘っている。核兵器は人や産業など一気に殺してしまう残虐性があり、ここに「抑止」にならない最大のポイントがある、と述べました。

ソ連が崩壊し、「抑止力」がいらなくなったにも関わらず、今度は予測できない相手テロリストを対象とするアメリカ。そんな中、欧州は核戦場化を拒否しますが、日本は核兵器を持ち込まれても知らないふりで、日本の自主性がありません。

「核抑止力」論を打破するには、沖縄県知事選に勝利すること。北朝鮮や中国の動きに不安を持ち、安保は必要と思う人にも、知事選で勝利し、基地は返還できるとわかれば、道は開けていくと締めくくりました。

休憩後、質疑応答、意見交流を行いました。

閉会挨拶は愛友会の堀三郎さん。堀さんは、まず集団訴訟支援に対するお礼を述べ、①国家補償に基づく援護法制定、②被爆の実相の普及、③非核三原則の法制化、この三点を中心にがんばると決意。アメリカ国内でも戦争反対の声が大きくなっており、がんばれるうちはがんばりたい、と力強く締めくくりました。



各地の取り組みの紹介(署名行動、総会、平和市民展など)

●元気をもらったお祭り署名

10月16日から2日間、春日井祭りが市役所周辺で行われ、天気に恵まれ延べ20万人の市民が訪れました。また姉妹都市のカナダ・ケロナー市からも40名の市民代表が参加し、ごった煮の祭りを興味深く眺めていました。私たち春日井の労働組合や民主団体は、10年ほど前から春日井祭りで統一して署名行動を実施してきました。今年も7団体45人が参加し、風船で賑わしながら1374筆の署名を集めることができました。署名の内容は各団体が日頃、訴えているもので、新婦人と平和委員会は「核兵器廃絶」署名を訴え、400筆を集めることができました。毎月の6・9行動で20筆を集めるのとは違い、次から次へと署名が続き忙しい署名行動でした。

核兵器廃絶署名の時は、原爆パネルを展示しており、その中の「焼き場の少年」の写真をじっと見ていた少女が「この子は、いま生きているのですか?」と質問。ごく当たり前の質問に驚くとともに、、勉強不足を反省し、被爆者の水野さんの助け船で、その場をやっと切り抜けることができました。また、カナダからの外人さんを見つけ、Aさんと二人でNPTニューヨーク仕込みで声をかけるも笑顔で拒否されてしまいました。

30人学級の実現の署名を訴えた愛高教の皆さんの時と私たち平和委員会の時には孫たちの応援もあって一層賑やかな署名活動になりました。

2日間、色々のハプニングの統一署名活動でしたが、参加した各団体のみなさんは「よかった。来年もやりましょ。元気をもらった」とそれぞれ署名用紙を整理し、意気揚々と食べ物街が並ぶ祭りの雑踏に笑顔で消えていきました。 (春日井 西岡)

●平和市民展を実行委員会で開催

10月16日(土)~17日(日)の「豊橋まつり」の「同時開催イベント」として「第32回平和都市をめざそう豊橋市民展(豊橋平和市民展)」が、市内中心部、神明公園を借り切って開催されました。かつては、「豊橋まつり振興会」にも加わっていましたが、数年前「豊橋市制100年祭」を機に、「同時開催イベント」という位置付けとなりました。

会場には、平和市民展用にスピーカーを2個設置しますが、その呼び込みで「豊橋まつりの中でもユニークな企画で話題の『豊橋平和市民展』の会場は、ここです」と案内しているのでもわかるように、その異色さが評判となっています。それにしても32年間よく続けられてきたと思います。

そのユニークさを支えているのは、参加団体の多彩さと、一貫して事務局を担ってくれている生協と生協労組の協力です。今年の実行委員団体を紹介しましょう。

愛高教東三支部、豊睦会(豊橋市被爆者の会)、豊橋原水協、コープあいち労組、コープあいち平和活動委員会、豊橋民商、豊橋母親連絡会、豊橋空襲を語りつぐ会、豊橋市職労、涙の分かち合いアジア、原爆の火を灯しつづける会、桜丘高校平和の塔委員会、三河地織研究会、ここのつの会、東三河九条の会、日ベト協会愛知県連(名古屋から参加!)、治維法国家賠償要求東三河支部などです。

実行委員会としての全体企画は、①原爆の火(桜丘高校のを分火してもらい期間中燃やし続ける)、②高校生が作ったリトルボーイの実物大模型、③豊橋空襲体験画の展示、④和太鼓サークル「ごんべ」の演奏(豊橋市職労長坂委員長がリーダー)でした。

豊橋母連の「すいとんコーナー」と生協労組の「綿菓子コーナー」、生協平和活動の子ども向けゲームコーナーが、家族連れを呼び込みます。そこに、この6月から募集を始めて、初公開された豊橋空襲体験画が話題を呼び(空襲を語りつぐ会)、「原爆と人間展」(豊睦会)、平和教育の展示、ビルマやチベット難民が作った衣類・小物の販売(涙の分かち合い合いアジア)、ベトナムの枯葉剤問題などの展示が、ビシッと決めます。さらに治安維持法同盟が、東三河で戦争反対の抵抗運動の闘士を展示紹介し、平和市民展に筋金を入れます。

32年前、「豊橋まつり」に自衛隊が参加するのに反対をした市民団体、平和団体が、反対だけでなくこの豊橋まつりに「平和都市をめざそう」と参加した原点を大切に、これからも「まつり」の中で平和を訴えていきたいと思っています。

「原爆の火」を消灯する閉会式では、「アメリカの臨界前核実験に対する抗議文」を確認して市民展の名でオバマ大統領に送付しました。(豊橋 安間)

●大会報告会&総会を開催:中川区

9月25日(土)11人参加で世界大会報告会と総会を行いました。4人の方が世界大会に参加。「岩国の基地の大きさにびっくり」、「自衛隊の官舎に6億円は許せん」、「岩国では平坦なところに基地があり、山の方に人が住んでいておかしい」との感想が寄せられました。中には、40年ぶりに参加した方もみえ、「運動の広がりを感じた」、「NPT会議で国連が動いたことが感じられた」と報告がありました。

総会では、「新婦人が毎月6日に6・9行動に取り組んでいる」、「富田のお寺では毎年8月6日、9日、15日に平和の鐘つきをやっている」、「作業所では新しい職員を毎年広島に送っている」など、各団体かたの報告がありました。今後の方針として、事務局長から基本的な内容を含めた運動方針が提案され、中川原水協として何が出来るか率直な話し合いがされました。  (中川区 北村)

●大会報告会&総会を開催:犬山

犬山原水協を背負ってこられた岡村良和さんが昨年5月に急逝された後、しばらく開店休業の時を過ごしましたが、残るメンバーで立て直しをはかり、去る10月15日 第27回総会を33名の参加で開くことができました。新庁舎となった市役所会議室(1時間800円)で今年の原水爆禁止世界大会のDVD上映と、新婦人の代表、若い青年2人の報告と感想。県原水協佐竹事務局長から今年の世界大会が、NPT会議を踏まえて核兵器のない世界へ大きく前進しているとの講演を受け、一同、運動の展望を持つことができました。

続いての総会。毎月の6の日行動が欠かすことなく続けられ、番外の4月3日の犬山祭ではロングランで284筆を集めたとのこと。署名行動に参加する人を広げようと加盟団体が交替で担当する工夫がされるなどの報告。また、犬山市の平和市長会議、日本非核自治体宣言協議会への加盟は、私たちの運動の成果として評価しました。

アメリカの未臨界核実験への抗議を提案したところ、会場から「犬山市長からも抗議するようにしては」「新庁舎に変わってから平和都市宣言の垂れ幕がなくなったので再び設置するよう要請を」など、積極的な意見も出され活気ある総会となりました。岡村前理事長もきっと喜んでくれていることと思います。県原水協とともに今後も核兵器廃絶運動の継続と被爆者との連携など、平和運動の分野を担っていきたいと心新たにしています。  (犬山 杉山)



草ノート

10月15~17日、長崎で、日本のうたごえ祭典が開催されました。全国各地の職場や地域で活動するうたごえの合唱団やサークルの仲間が、うたを持ち寄って交流するうたごえ祭典。音楽会、大音楽会をはじめ、6部門の合唱発表会、オリジナルコンサートと盛りだくさんです。

私は以前、うたごえ新聞の記者をしていた為、日本のうたごえ祭典の取材デスクを手伝っています。全国の仲間とゆっくり話す時間はなくても、互いの元気な姿に励まされます。

今年は被爆65周年。音楽ホールで開かれた音楽会と県立総合体育館での大音楽会は、長崎らしさにあふれたものになりました。

チェルノブイリ原発事故で被曝したナターシャ・グジーさんと、原爆で大勢の犠牲者がでた山里小学校の子どもたちの合同でうたった「あの子」「ねがい」、被爆者のみなさんもうたった”高齢者のうたごえ”、被爆者、渡辺千恵子さんをモデルに創られた合唱と語りによる構成組曲「平和の旅へ」、そして高校生一万人署名活動から生まれた「一本のペンで」(池辺晋一郎・作曲)等々。高校生たちの「龍踊り」やオーケストラ演奏もあり、本当に平和を願う思いにあふれた祭典でした。

長崎の田上市長もかけつけ、あいさつ。議会との対立をあおり、言いたい放題の名古屋の市長とは大違いです。

核兵器廃絶にむけて、大きく動いた今年。♪私たちは微力だけど無力ではない 小さな力はやがて大きな力になる ゆこう核兵器のない世界めざして(「一本のペンで」より)

被爆者とともに、さらにがんばりましょう。        (む)