トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2011年11月号

国連要請行動に参加して

力強い世界の動きと 熱い原発反対運動実感!

多くの方のご協力のおかげでNYへの国連要請行動を務めさせていただきました。本当にありがとうございます。
今回の行動は昨年のNPTと雰囲気が違い、日本原水協から16名(事務局含め)という少数での行動でした。NYでも今回の第一委員会に合わせてきているNGOは日本原水協と常に国連の行動をチェックしている団体のみという具合だそうです。

〈実際に行った行動〉

10月3日~7日の5日間、国連本部にて第一委員会の傍聴とアポのとれた約10の各国政府代表との面会、アメリカの草の根・平和団体やSELD(労働組合)との交流会を行いました。

①第一委員会の傍聴

傍聴といっても訳しても英語のみなので、英語のわからない代表者たちは会場の後ろでなんとなく座っている時間でした。英語のわかる人(主に事務局員さん)にあとでちょこちょこと様子を教えてもらいました。この時間に事務局が政府代表部に直接アポ取りを行い、おかげで、代表部との面会がここにきて増えました。

②各国政府との面会

  国連会議の開催中という忙しい時期でしたが、30分~一時間ほどの時間をとっていただきました。こちらから代表部の大使館へ訪ねもしましたし、国連のラウンジでの面会もありました。一日に二つほどの面会があり、それぞれの面会時間や場所の都合に合わせて、私たちは二つのグループに分かれたり、人数を制限したりして向かうこともありました。大使館での面会は大きな机をみんなで囲んで緊張感を持ちながらでしたが、国連のラウンジでの面会は手ごろなテーブルを少人数で囲んで(周りはお茶しながら休憩している人もいたので)少しラフに行いました。
基本的な面会の流れは、まず日本原水協からアピール署名の趣旨とNPTを受けての条約をつくることへの同意や参加、イニシアチブの発揮の要請を訴えました。その後、海外代表部の反応を聞き、少ない時間ながらこちらから二人ほどそれぞれ質問や発言をし、さらにそれに返答してもらいました。多くの代表部は軍縮や不拡散に対して前向きな反応でした。非同盟運動(中東の多く)や新アジェンダ連合などいろいろな方向から世界の動きを感じ、心強く思いました。しかし、条約の交渉になると核保有国が取り合っていない現状などで「現実的でない」「まだ早い段階」など、それぞれの考え方があることが見受けられました。そういった代表部に対して日本原水協は今一度、強く訴えました。
核保有国であるロシアと早い段階で面会した際には、面会の中でロシア側の発言に変化が見られ、最終的にはロシアも「核軍縮の方向に同意しない、賛同しないわけではない」というように発言しました。後日面会したイギリスにもロシアのこの様子を伝えながら話すと、感触が良かったです。
私たちが個人で持ってきた署名は海外代表部に提出しました。どこでも「これはコピーか」と聞かれ「いえ、実物です」と答えると、どこでもおどろかれ、大切に扱うといって受け取られました。私の持って行った約400筆の署名はイギリスの代表部にしっかりと受け取っていただきました。

③アメリカの草の根団体との交流

あちらでは「インディアンポイント」と呼ばれる原発に対する反対運動が熱いようです。地震の可能性が証明された活断層の上に建っていて、何かあったときの避難について考えられておらず、人の安全が考慮されていない状態だそうです。「ヒロシマ・ナガサキにとどまらず、フクシマなど日本のヒバクの経験は貴重だ、ここから学びたい」と言われました。 海外代表部でもこれは言われました。日本としても活かしたいと思います。

④日本原水協からの署名の提出

10月5日朝、第二委員会が始まる前に、第一委員会の議長(フィンランド)とセルジオ・ドゥアルテ氏が「署名の提出は議長もしっかり立ち会っている。受け取ったことをしっかり証明してくれる」と言ってくれました。その後、展示された署名を見に行きました。ツインタワーと呼ばれ、天井まで高く積まれた二つの署名のたばが展示されていました。

〈今後の運動に〉

世界の動きを実感できたことは貴重な経験でした。通訳越しですが、同じ空間で一枚の机をはさんでいると、偉い人という感覚が薄れ、じっくりと話を知りたいという姿勢でとりくめました。
活動の場以外では、青年同士の交流でとても刺激を受けましたし、年配の方のとのお話では学生の中で運動しているだけではわからない、活動の流れや取り組み方も教えていただきました。多くの経験を、愛知や福祉大での運動に活かしていきたいと思います。 (天久奈津美)

原爆症認定を求める新訴訟11月1日提訴! 支援の輪を広げよう!

大震災で痛みとともに怒りと悔しさをいっそう強くしている被爆者、今年は今まで以上に重い気持ちで10月18日から11月7日に自治体行脚を行っています。 自治体によって被爆行政に違いがあったり、国の対応に怒りを強くしたりしながら、被爆者行脚がすすめられています。

そうした中、80歳を前に人生残すところ少なく、子や孫に今のままでは安心してこの社会を手渡せないからと、被爆者3名が原爆症認定申請却下処分の取り消しを求めて、11月1日裁判を起こしました。
森敏夫さん・山田初江さん・高井ツタエさんです。

全国の被爆者が立ち上がった集団訴訟は、2009年8月6日、国と被団協との間で確認書が結ばれ、終結しました。その結果、一時は認定者数が大幅に増加したものの、再び、大量の却下が始まっています。厚労省は、集団訴訟のなかで何度も内部被曝の影響について指摘されているにも関わらず、態度を根本的には変えていません。

被爆者が受けていた理不尽なことが福島でおこっている今、被爆者が放射線被害の危険性を訴える意義はますます大きく、被爆者にしかできない福島への支援がこの裁判であり、福島で苦しむ人達への激励であり貢献です。
一人ひとりの被爆者を救済するとともに、何としても原爆症の認定基準を早急に改めさせ、原発事故に対しても、残留放射線、内部被曝の危険性を真正面から捉えての対策を取らせるためにも、重要な訴訟となります。
この裁判への大きな支援の輪を、みんなで広げていきましょう。



3・1ビキニデーの日程決まる!

被災58年を迎える2012年ビキニデーを成功させようと、以下に日程が決まりました。

   2月28日(火)国際交流会議
   2月29日(水)日本原水協全国集会
   3月 1日(木)3・1ビキニデー集会

1954年アメリカの水爆実験が引き起こした地球的規模の汚染と被害、犠牲を知り、核兵器の廃絶を誓い合う日です。 みんなで参加しましょう。

いわさきちひろカレンダー2012年版 普及のお願い

今年も残り2ヶ月をきり、いわさきちひろカレンダー普及の季節となりました。
このカレンダーは、故いわさきちひろさんが、生前、1975年に世界中のこどもの平和としあわせを願い、核兵器廃絶と被爆者援護・連帯の共同の輪をひろげるためにと、日本原水協にご自身の作品を提供して創りだされたものです。その後、毎年、多くの人々に愛され、普及されてきました。同時に、地域や各団体での年末財政活動としても役立ち、お歳暮などにも活用されてきました。核兵器のない世界をめざし、この愛らしいちひろカレンダーの普及に、ぜひご協力ください。1400円。1本からでも、ご注文いただければ、お届けします。申し込み、お問い合わせは愛知県原水協まで。

草ノート

今年も「被爆者行脚」に同行しました。県下の全自治体を被爆者自身が訪問して要望を届ける行動。移動の車の運転を引き受けました。同行すると行政の姿勢の違いもよく分かります。

「申請数8580件で、認定数2919件、却下数62件。計算が合わないみたいですけど、どういう事ですか?」。2008年度の数字を見て、瀬戸市の担当者が問いました。日本被団協が原爆症認定状況をまとめた一覧表の数字です。引き算で却下が62件しかないなら、もっと認定されていてもいいはずだという事です。

被爆行政の実態を知らないと言ってしまえばそれまでですが、もっともな疑問でもあります。申請されたら、その年度中に認定か却下かをはっきりさせる。行政の担当者なら当然そう考えます。だから「計算が合わない」と疑問に思うのです。

自らも認定申請した被爆者のHさんが答えました。「私は申請して3年たってから却下の通知がきた。つまり、申請してもすぐに審査しないで『滞留』している膨大な件数が残されているんです。それが1年、2年ではないのです。まるで、被爆者が早く死ぬのを待っているかのように」と。こんな非人間的な国の対応に改めて怒りを強くしました。(ヨシ)