トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2011年12月号

原爆症認定訴訟の到達点から福島原発事故を考えるシンポジウム

国民の7・8割は原発反対。 国民世論でがんばろう!

11月23日(休・水)午後、ウイルあいちセミナールームにて、あいち被爆者支援ネット主催の〝広島・長崎と福島原爆症認定集団訴訟の到達点から福島原発事故を考えるシンポジウム.が開催されました(約80名)。
シンポジウムでは、医師の徳田秋氏が、放射線の特徴と内部被曝に触れながら開会挨拶。新たに原爆症認定訴訟を行う被爆者の山田初江さん・高井ツタヱさん姉妹が、支援を訴えました。パネラーは3人。原爆症認定訴訟愛知弁護団の樽井直樹氏は、裁判の成果と教訓をふまえ、福島の原発事故については、住民が被った被害を完全賠償の見地から加害者である東電に求めることが必要と話しました。民医連被ばく問題委員会の前委員長、聞間元氏は、「原爆も核実験被害者も原発事故も、ほとんどは外部および内部の複合的な被ばくであり、健康影響には共通性がある。晩発性障害のがん発生の監視と同時に、慢性症状、子どもの成長障害など注意が必要」など話しました。物理学者で被爆者でもある沢田昭二氏は、「内部被曝の過小評価と核エネルギーの悪用と誤用体制」と題し、放射線被曝の人体影響について解説し、「国民の7.8割は原発反対。国民世論でがんばろう」と訴えました。
参加者からも活発に質問が出されました。愛友会を代表して堀三郎氏が、原爆症認定の現状を話し、被爆者への支援を訴え、閉会しました。
シンポジウムに先がけ、〝被爆者を励ますつどい.も開催。原爆症認定訴訟で提訴した山田・高井姉妹が支援を訴え、この日、欠席の森敏夫さんからの手紙が披露されました。その後、15名の被爆者が5つのテーブルに分かれ、それぞれ被爆者を囲み、昼食をとりながら、被爆体験を聞いたり、懇談したりしました。

名古屋市・愛知県 要請行動実施

11月8日、平和委員会・非核の政府を求める会・安保破棄実行委員会とともに、午前中名古屋市、午後愛知県との「非核平和の願いを実現する要請行動」を9人の参加で行いました。
名古屋市・愛知県とも昨年同様であったり、愛友会などの回答と同様であったりしましたが、愛知県では収蔵資料展については、青少年への参加を働きかけ、戦争体験者によるDVDを上映し、9割以上の見学者から継続を望む声があり、「原爆と人間展」をホームページで紹介するなどの変化がありました。国際戦略総合特区の申請については、軍事は含まないとする愛知県に対して軍事転用の危険性があることを指摘しました。自衛官募集については、愛知県が「自衛官募集ポスター」デザインコンテスト後援と、最終審査への参加をし、名古屋市は広報なごやへの名古屋市・愛知県要請行動実施掲載と電光掲示板の掲示を行っているなど積極的な関わりが明らかになりました。
昨年に続き、回答は文書で用意され、部署毎に担当者が参加し回答するものの、前進が見られない状況を打開していく運動と検討がもとめられます。



緊迫の沖縄で開催された 平和大会に参加して

   

2011年平和大会が、11月25日から27日まで沖縄県那覇市で行われました。この大会には、全国から1600人、愛知からは25人が参加しました。名護市辺野古への米軍新基地建設に反対する「オール沖縄」の闘いに連帯しようと過去最高の参加者で開かれました。25日の開会集会では、「15年前から杭一本も打たせていない」という辺野古の新基地建設反対の運動など沖縄各地の粘り強い闘いが紹介され感動を呼びました。また、福島の参加者は、原発をなくす全緊迫の沖縄で開催された平和大会に参加して国の闘いの前線に立って頑張りたいと表明しました。
原子力空母の母港とされている神奈川県横須賀市の代表からも「地震の引き波で海底に船体が付き、原子炉が冷却不能になる」と危険性が告発されました。また、大会史上最多の16人の海外代表が、アメリカ、ハワイ、グアム、フィリピンなど6つの国、地域の代表として参加しました。私たちは米軍基地に反対する世界の運動とつながっている事を実感できるものでした。グアムの先住民のチャモロ族の代表は、「私たちは、米軍基地の被害を経験してきた。沖縄からグアムへの基地移転計画は、地域社会にとって大きな問題。米軍基地が27%をしめている。植民地的な重圧の中で私たちは、外国基地閉鎖のために努力し、沖縄やアジア・太平洋地域のすべての人たちと連帯して運動を進める」と語っていました。
愛知県代表団は、独自に米軍基地調査、新基地建設反対の支援行動、南部戦跡巡りなども平和大会の開催に合わせて行いました。米軍基地調査では、嘉手納町の大半を占めている米空軍嘉手納基地と闘いの焦点である普天間基地へ行きました。嘉手納基地では、基地の隣にある道の駅の建物の屋上から広大な敷地を目のあたりにしました。この日は、米軍は休日らしく戦闘機は飛ばなかったものの定期便らしきC17輸送機が轟音とともに飛び立つのを目撃しました。 また、基地内にはF15戦闘機や海兵隊のハリアー攻撃機なども目撃
ができました。アジア一と言われる基地の陣容と軍人用の住宅の広々とした敷地に参加者からは、怒りがこみ上げていました。南部戦跡めぐりでは、激戦地の 南風原を通り摩文仁の丘に向かいました。摩文仁の丘は、隆起珊瑚礁の丘陵地帯で、今は平和公園になっています。沖縄戦では、沖縄防衛の陸軍最後の地となったところでもあり、かつてはこの地で米軍戦車と爆雷を抱いて突進した日本軍兵士との死闘が繰り広げられた場所です。沖縄県平和祈念資料館は、「第二次世界大戦で貴い命を失ったすべての人々に哀悼の意を表すとともに、悲惨な戦争の教訓を後世に伝え、世界の恒久平和の実現に寄与するため」に平和祈念公園内に設置された資料館で、沖縄戦に関連する軍関係文書や個人所蔵の文書、ひめゆり学徒の手記などが収蔵・展示されていました。 証言を読んだり、ビデオでみたりできま
した。新基地建設反対の支援行動では、ヘリパッド建設反対で闘っている高江、新設基地は許さないと闘う辺野古の行動に参加してきました。高江では、米軍北部訓練場の一部返還に伴うヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)の移設工事で、沖縄防衛局職員と作業員ら約45人が11月15日から、高江区の住宅地に一番近 いN4地区で工事を再開を試みています。2月末以来、約8カ月ぶりの再開。同地区ゲート前では、工事に反対する高江区住民や市民団体のメンバーらが座り込み、重機の搬入を試みる職員らと膠着(こうちゃく)状態が続いていました。辺野古では、「杭一本も打たせていない」闘いを目にする事が出来ました。最後に、米軍フェンスにメッセージリボンをつけてきました。共に滞在時間は限られていましたが、共に勇気をもらいあう事が出来ました。 (副理事長横江英樹)



第1回口頭弁論に参加ください

第1回口頭弁論の日程が決まりました。
2012年1月25日(水)午前11時~
名古屋地裁大法廷
100名以上の傍聴で、被告の国を圧倒したい と思います。ぜひ、ご参加ください。

草ノート

震災後私たちは、復興支援ボランティアや各地での募金活動に取り組んできました。その中で触れた本当に多くの青年が「自分に何ができるのか」を考え、さらに福島第一原発の事故によって「原発に依存していていいのか」「本当のことが知りたい」と全国でデモや学習会に参加し行動 を始めました。
その後、起こった震災を口実にした大企業の派遣切りや内定取り消しには「納得がいかない」と声を上げる青年も生まれました。私たち青年は「努力が足りない」「勝ち残れ」と言われ続けあきらめることに慣れさせられてきました。しかし、震災・原発事故とそれに端を発した様々な問題に触れる中で、「このままの社会でいいのか」「なんとかできないのか」と社会に目を向け、自分の生き方を模索し始めています。
先日、愛知県の青年120名と一緒に全国青年大集会へ参加してきました。今年で9回目になる集会には4800人が集まり、学費・就活・人間らしく働きたい・脱原発・TPP反対など本当にさまざまな要求を掲げアピールをし、参加した一人ひとりが「行動している青年がこんなにいるのを知ってよかった」「行動を起こせば変えられることもあると知った」と実感し元気をもらいました。青年に呼びかければ何か声がかえってくる、一緒に考えてほしいといえば仲間になってくれる状況が広がっています。青年大集会でのフレーズ「まともな仕事と人間らしい生活を」というごく当たり前の要求を、大震災を乗り越えた新しい社会を目指す中でかなえていけるよう、つながり学習し行動を広げていくことを決意しました。(裕)