トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2012年4月号

つなげよう未来へ広げよう次の世代へ

3・11明日につなげる大集会

東日本大震災から1年を迎えた3月11日、全国的にも集会などが取り組まれる中、愛知県では、名古屋で5、000人、瀬戸市で200人、尾張旭市では160人、春日井市では80人、刈谷市では50人、あま市では100人など、県下で7、000人近くが参加しました。
名古屋市の久屋市民広場では、ステージでライブやパフォーマンス、各団体の震災復興活動を紹介するブースや、フリーマーケット、うたごえコーナー、作業所などの販売コーナーなど、様々なブースが34店舗並びました。大震災の犠牲者への追悼後、中電方向と栄方向に分かれて、防護服や廃棄物の着ぐるみ、思い思いのプラカードなどを持って、パレードを行いました。マスコミでは、CBC・東海テレビ・朝日新聞・毎日新聞で報道されました。
愛知県原水協は三ブースで新「原爆と人間パネル」を展示、反原発バッチや9条バッチ、エコバック、コーヒーなどを販売しました。 集会やパレードを通して、原発ゼロをめざし、つなげよう未来へ広げよう次の世代への思いを一つに、明日につなげる3・11大集会を成功させました。



3・11追悼・なくそう浜岡原発東三河集会開催

東日本大震災、福島での原発事故から一年。3月11日(日)、豊橋駅ペデストリアンデッキで、浜岡原発いらない東三河の会など4つの団体が主催した「3・11追悼 なくそう浜岡原発東三河集会」が開かれました。集会には、全体で約800人が集まり、被災地の方々の早期復興と福島原発のような被害を起こさぬよう、原発のない世界をめざそうという集会になりました。
集会では和太鼓のグループによる太鼓演奏や、地元で活躍するバンドの演奏などのステージ企画がおこなわれました。地震発生時の午後2時46分には参加者が犠牲者への追悼の思いを込め、1分間の黙祷をおこないました。黙祷の後、各団体からリレートーク。「浜岡原発は現在停止中だが、1、140tもの使用済み核燃料があり、地震で冷却装置が壊れれば大変な事故になる。廃炉にすることが必要」「福島では外で遊べない子ども達がいる。子ども達を豊橋に招待するため、カンパに取り組んでいる。」などの発言が相次ぎました。 集会の最後に、福島・双葉町から安城市に避難されている大沼さんから特別発言。「24年前の小6の時、双葉町が原発推進のため標語を募集した際『原子力 明るい未来のエネルギー』という私の標語が採用され、町のメインストリートに掲げられました。しかし、間違っていました。破滅のエネルギーだった」と事故後の写真を交えながら報告されました。その話が大変、重く心に響きました。
集会後は「なくそう浜岡原発」「変えようエネルギー」などとコールしながら駅前大通りをパレード。市民に原発廃止をアピールする賑やかなパレードとなりました。 (豊橋市職労 長坂圭造)



新たに一人提訴 原爆症認定訴訟第2回口頭弁論

22日、原爆症認定訴訟第2回口頭弁論が行われました。口頭弁論に先立ち、新たに原告になられた川本信夫さん(80歳)の提訴行動が行われ、名古屋地方裁判所前まで支援者全員で行進しました。
これまで集団訴訟を通じて30の判決が出され、306名の被爆者のうち279名の被爆者が原爆症と認定されています。現在、集団訴訟によってこれまでの国の審査方針の誤りが明らかになり、「新しい審査の方針」が策定されてきています。この間でも3月9日、大阪地方裁判所においてこの「新しい審査の方針」の策定後に原爆症認定申請を行って却下された2名の被爆者について、認定却下処分を取り消す画期的な判決が下されています。
裁判では、樽井弁護士が国の主張を根本的に問いただす意見陳述を行いました。この陳述で樽井さんは各地の裁判所で原因確立による国の「審査方針」が間違いであると断罪されてきているにも拘らず、このことを踏まえようとしない国の主張を批判しました。
そして原告側として裁判所に対し被爆者救済の立場からの判断を求め、国に対しすみやかに被爆者救済の立場に転換する事を求めました。 次回の公判では国側から「科学的な論拠や総論的な主張」が述べられる予定です。



瀬戸反核センター 27年間粘り強く活動

先日、県原水協事務局の一人、H君とYさんの結婚式と祝う会に参加しました。H君は30歳。高校生の時、高校生平和ゼミナール(平ゼミ)に参加、多くの仲間や被爆者と出会いました。その後、原水協でのバイトを経て、現在は介護施設に勤めながら、被爆体験聞き撮りプロジェクトなどの活動にも参加しています。
祝う会の実行委員会は、民主会館の事務所で行われ、若い仲間たちがワイワイと楽しそうに準備を進めていました。当日も、平ゼミ時代の仲間など若者が大勢参加。結婚式も祝う会も手づくりで、あたたかい笑い声のあふれる会でした。
多感な高校時代に、「平和」を通して出会った仲間たち。卒業後、離れ離れになっても、何かあれば集まってくる…平ゼミでの経験は、ひとりひとりの生き方に、きっと、いろんな影響を与えていることでしょう。
季節は4月。中学、高校、大学など新しい出会いの季節です。平ゼミも新歓の季節。平ゼミでは、いま、高校生だけでなく、中学生も参加し、広島・長崎へのツアーを軸に活動を進めようとしています。
ぜひ、ご家族などお近くに中学生・高校生がいらっしゃったら、平ゼミに紹介してください。若い仲間同士で平和について学ぶことは、きっと良い経験になりますから。          (M・M)



草ノート

2年弱ぶりに全戸訪問の署名行動を行いました。 私が初めて全戸訪問署名に取組んだのは、トマホーク配備が話題になった1984年の夏、迫り来る危機感に「何かしなきゃ」と、仲間と大学周辺の一軒一軒を訪ね歩きました。次の年、「ヒロシマ・ナガサキからのアピール」署名発表。待っていましたと仲間を広げつつ地域へ街頭へと繰り出しました。
「国民過半数を目指す」という途方無いほど画期的な提起に胸を躍らせ、〝国際政治を動かす〟という当時では夢のような目標に向けて、行動は広がりました。「俺達の力で過半数自治体を増やすぞ!」と山間の村や町に、時には泊まりで繰り出したピースチャレンジャー。各国の正午に合わせて署名の波が地球を一周したピース・ウェーブ!少しでも多くの人が参加できるようにと、コンサートや祭りを絡めた様々な行動も…。
「ヒロシマ・ナガサキからのアピール」署名の国連提出から間もなく17年。国際政治のテーブルに載せた「核兵器廃絶」という課題は、国連が自ら掲げる主要課題となり、世界大会にも代表が来る。いまの署名は国連事務総長の賛同を得て開始した初めての署名。 一方、あと3年で被爆・敗戦から70年です。今一度、知恵と情熱を丁寧に注ぎ込み、行動を広げましょう!核廃絶の積み木を完成させるのは私達です!平和行進もすぐそこです!   (T・S)