トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2012年10月号

核兵器禁止条約の交渉開始の実現に 草の根の運動の強化・発展を!

今年の原水爆禁止世界大会には、潘基文国連事務総長代理としてアンゲラ・ケイン国連軍縮問題担当上級代表が出席(上級代表の出席は連続5回目)したのをはじめ、20カ国64名の海外代表が参加し、松井一實広島市長、田上富久長崎市長とともに、馬場有・福島県浪江町長、堀孝正・岐阜県瑞穂市長、阪口伸六・大阪府高石市長の現職首長が参加し、北海道の中宮安一七飯町長のビデオメッセージを含め、188自治体の首長から賛同メッセージが寄せられました。

そして、潘基文国連事務総長、マレーシア、メキシコ、南アフリカ、ラオス、ニュージーランドの政府首脳、ベトナム国会副議長からメッセージがよせられました。

世界大会は、核兵器禁止条約の交渉開始の実現をめざす世論と運動の飛躍をつくることを確認しました。すべての自治体での開催を呼びかけている原爆展は611カ所に達し、「核兵器全面禁止のアピール」署名は212万5127筆、首長など自治体関係者の賛同署名は自治体数の6割を超えました。愛知県では24の首長・議長が署名をしています。



「核兵器全面禁止のアピール」署名と全自治体での原爆展の開催を!

核兵器禁止条約の交渉開始を求める「核兵器全面禁止のアピール」署名を旺盛にすすめるとともに、すべての自治体での原爆展の開催が重要です。愛知県内では犬山市など自治体主催を含め、原爆展が約50カ所で行われています。まだ行われていないところでは、新しい原爆パネルの購入と合わせて「原爆と人間」パネルの展示会を開催しましょう。

とりわけ国連軍縮週間(10月24日~30日)を中心に原爆パネルを使っての署名宣伝行動を旺盛に取り組みましょう。



原爆展地下鉄本陣駅ギャラリーで

「見てください、知ってください」

9月12日から17日まで、地下鉄本陣駅ギャラリーで、原爆展・脱原発ポスター展が開催されました。6日間ののべ来場者は130人でした。

見学した女子中学生は「原爆も原発も内部被曝して子どもに伝わっていくんだと思った。原発再稼働はやめてほしいです」、知的障害があるという男の子は「僕の誕生日は8月6日、母は8月9日。平和のために生きていきます」と感想ノートに書かれていました。

原爆の爆発の瞬間に広島にいたという84歳の男性は「映画で見るようなあんなもの(光景)ではなかった」と話し、高齢の女性は「いとこが原爆で亡くなり、こういうのを見ると涙が出る」とパネルを凝視していました。



犬山市・平和月間として原爆展と元特攻隊員の講演会

犬山市は、毎年8月を平和月間として、原爆パネル展などの取り組みをしており、今年も犬山原水協が貸与した「原爆と人間」のパネルを8月1日〜15日の間市役所の1階ロビーに展示しました。同時に署名用紙を置いて、この間に集まった77筆の署名は、企画課の職員自らが県原水協へ送ってくれました。また、市内の2つの小学校で元特攻隊員の方の講演会を行いました。

犬山市は1985年に「平和都市宣言」をし、現在「平和市長会」「日本非核自治体協議会」に加盟しています。自治体として、このように平和行政をすすめるようになったのには、私たち犬山原水協の30年近くに及ぶ6・9署名などの地道な活動と自治体への働きかけが「大きく功を奏しているのでは」と自負しているところです。(原水爆禁止犬山市協議会)



地域原水協から

中川原水協 世界大会報告学習会と総会

中川原水協は、9月15日、2年ぶりの総会を開催しました。第一部として、今年の世界大会(広島)に参加した3名から報告をしていただきました(新婦人代表2名、みなと医療生協代表1名)。3名とも、暑い広島での体験と実感を自分の言葉で語ってくれました。

続いて、県原水協事務局長の嶺村さんより「今、世界大会の成果と課題」と題して、講演・報告をいただき、学習しました。

原水爆禁止運動の現在について、ていねいな報告を受け、出席者一同、秋からの運動について新たな意欲を持てたのではないでしょうか。

第二部として、2年間にわたる中川区原水協の活動と会計の報告を行い、一同で確認し合いました。



草ノート

9月19日、被爆者の遠藤泰生(やすお)さんが亡くなられた(享年84歳)。

遠藤さんは、15歳の時に広島で被爆。中学校の教諭を早期退職し、愛知県原水爆被災者の会(愛友会)を再建、事務局長を務めてこられた。

私が遠藤さんと出会ってから30年以上過ぎただろうか。いつも優しく、ニコニコと話す遠藤さんだったが、「再び被爆者をつくらない」「核兵器をなくせ」「原爆被害者に国家補償を」という思いは強い。広島・長崎での原水爆禁止世界大会やNPT再検討会議ニューヨーク行動をはじめ、原爆症認定訴訟など被爆者の闘いの先頭に、必ず、遠藤さんの姿があった。

若い人たちに被爆体験を語る活動も多く、高校生平和ゼミナールに在籍しているわが娘も、体験を聞き、育った。

ここ1、2年、元気がなく、心配していたが、夏に入院、残念ながら帰らぬ人となった。

葬儀場に数枚飾られた写真の遠藤さんは、とてもいい表情をされていた。遠藤さんの志をしっかりと受け継ぎ、活動を続けたい。

遠藤さん、長い間、お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。これからは、空の上から、私たちを見守っていてください。(む)