トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2012年11月号

大学祭で原爆パネル展示

「出来る出来ないじゃなくて、やらなあかん!」

11月17日、18日に中部地区にある私たちの大学で大学祭がありました。私たちの団体は夏の原水爆禁止世界大会の参加を主にして日々学内で活動しています。この大学祭で毎年原爆パネルの展示を中心に企画を出店し、原爆の実相を学内に発信する機会の一つにしています。原爆の実相に触れてもらうことで平和について自らの暮らしに還元して考えてもらえる機会に出来れば幸いです。

原爆パネルの展示は大学祭の活気に反して、楽しい雰囲気ではありません。そんな中でも両日で50人ほどの人が見に来てくれました。来場者には今年から新たしくなったパネルであることや、原爆の悲惨さだけでなく核兵器廃絶の取り組みがより注目される内容であることを伝えました。

来場者との対話では「30年前の卒業生だが、毎年工夫を凝らしているね。また来年を楽しみにしている」と話してくれた男性や、『原爆はなくせるか』と問うシール投票で「出来る出来ないじゃなくて、やらなあかんやろう!」と言った女性に私が勇気づけられました。「原爆は絶対なくせないと思う」と話す友人にパネルを見てもらいながら世界の核兵器の数を減らしてきていることや、核兵器の先にある核燃料全てを集めてもこの教室くらいだと話しました。すぐには同意してもらえなくても、これから話し合えるきっかけになったと思います。

心配していたよりも多くの人に見に来てもらえましたが、殆どは学外の人でした。より多くの学生に伝えられる取り組みが今後の課題であり、私たちの役割です。    【天久奈津美】



非核・平和の願いを実現する 名古屋市・愛知県への要請行動

国連軍縮週間に呼応し、毎年秋に行っている非核平和の願いを実現する名古屋市・愛知県への要請行動を、11月2日、県原水協、安保破棄県実行委員会、非核の政府を求める会、県平和委員会で行いました。

名古屋市では、「平和推進事業として毎年夏に戦争収蔵資料展を開催している」「市立中学校の自衛隊の職場体験について掌握していない」などの答えでした。自衛隊の職場体験については、自衛隊広報誌をもとに「参加した8校が実名で記載されている。訓練する様子や戦車の前に並ぶ中学生の写真も掲載されている。

学校まかせで教育委員会が実態を掌握していないのは問題。

中学生に戦車搭乗や武器に触れさせるべきではない」と中止を求めました。担当者は、「はじめて知った。銃をもたせること、戦車搭乗など相応しくないと徹底したい」と答えました。また幸田町が10月2日に平和市長会議に加盟したことにも触れ、政令指定都市で唯一加盟していない名古屋市にも早期加盟を求めました。

愛知県では、「収蔵資料展、戦争に関する資料館の建設については、目に見える形で前進させたい」と積極的な回答がありました。自衛隊の職場体験では、これまで商業科のみで行ってきたものを、今年度は全校に拡大したことから、自衛隊職場体験は32名が参加したことを明らかにしました。その際、前年度の私たちの要請にこたえて「銃などを扱うことがあってはならない」と全校に通知を出し「そのような事例はなかった」と報告しました。小牧基地の米軍利用とりわけオスプレイ使用拒否については返答をさけ、安全な空港の運営ができなくなるとの求めに対し、「全国知事会の決議に基づいた対応をする」との答えでした。春日井など3市町が反対するブルーインパルスの飛行についても「地元の理解が得られるよう防衛省に伝える」と発言、また県営空港の米軍利用については「23年(暦年)は27回」と答えるのみで、それ以外は防衛省の通知により「公表できない」と答えました。

参加者14人は、元教員・港湾労働者・田原・小牧・守山など平和運動を推進しているメンバーで、しっかりと追求することによって、これまでにない前進した回答を引き出すことができ、内容の濃い要請行動となりました。



被爆者行脚、行われる

今年も、愛知県原水爆被災者の会(愛友会)の被爆者行脚が行われました。10月24日の名古屋市、愛知県への要請を皮切りに、11月7日まで17コースに分かれて、県内55自治体を訪問。

被爆者のべ58名、被爆者支援ネットワークのメンバーや地域原水協、日本共産党の議員など40名余が参加しました。

現在、被爆者は、国が原爆被害を償い、被爆者をつくらないと宣言することを求める「ふたたび被爆者をつくらない決意を世界に!現行法改正を求める」賛同署名を取り組んでいます。その署名への協力や非核自治体宣言、「原爆と人間」のパネル展示などの平和行政、被爆二世の実態調査など6項目の要請内容で訪問。

45年続けてくるなかで、各自治体とのやりとりも和やかに行われるようになってきました。なかなか具体的な実りにはなりませんが、いくつかの自治体で、国への請願の動きが出てきたり、パネル展示などの動きのあるところも。また、「まだ、発表はできないが、努力を無にしないよう、来年には少し変化があると思う」と答える自治体もあり、毎年、働きかけ続けることが大事だと感じています。



ノーモアヒバクシャ愛知訴訟第4回口頭弁論

11月15日(木)、名古屋地方裁判所にて「ノーモアヒバクシャ愛知訴訟」の第五回口頭弁論が行われ、43人が傍聴しました。

今回は、原告らに生じた急性症状が原爆放射線によるものであることを明らかにするもの。

アメリカの「核の傘」のもと、原爆被害を小さく見せようとしつづける日本政府の姿勢を改めさせるためにも、本裁判の意義は大きくなっています。

次回弁論は来年2月6日。高齢になった被爆者は、裁判の傍聴にくるのも大変な方が増えています。一刻も早く解決するためにも、多くの傍聴者、様々な支援が必要です。ご協力をお願いします。



地域原水協から

28回目の総会を迎える稲沢原水協

半世紀余になるこの運動、未来に光を!

あっという間に過ぎた感がします。されど、いろいろの思いがめぐってきます。

昭和59年に再建総会を行い、ただちに行動をしたことを思い出します。当時は非核宣言都市を勝ち取ろうと全国が燃え、稲沢でも他団体と力を合わせて2万5000余筆の請願署名の力で、昭和60年、非核都市宣言を成立させました。

その後この力で「白い町ヒロシマ」の上映会で1400名が参加。また、ヒロシマからのアピール署名過半数を達成し、市長始め議長、教育長、他団体を招き、ピースパーティを開催しました。

こうした取り組みをバネに今日も引き続き取り組んでいるのが自治体交渉です。また、平和の鐘つき、中学校、本庁、支所、図書館等で原爆資料展示。周期事業ですが、子どもたちをヒロシマに派遣。

まだまだ多く思い出されますが、ただ、総会を欠かさず開催してきたことが、運動を消さずに続けることができたかなと思います。

現在国府宮駅頭で6・9署名行動を行っています。署名は大変大切な取り組みであり、心を集める行動かと思います。

私も半世紀余になるこの運動ですが、終着駅は無いようです。

核兵器のない地球のために、また、人々の心を凍結させる原発のない日本目指して、若き力も大きく結集しましょう。未来に光を!     【山岸専吾】



草ノート

僕の親は、いわゆる転勤族で、いろいろな土地に住んできた。名古屋に始まり、最後には愛知の瀬戸に戻ってきた。そのたびに、僕は学校などを転校してきた。

その中でも広島には、小学校の4年から高校を卒業するまで住んでいた。小学校の6年時に短期だけ、三重に住んでいたが・・・僕の第二の故郷は、広島だと思っているし、自分の人生の流れを作ってくれたのも、ヒロシマである。

僕達を教えていただいた先生の中には、まだ顔にケロイドがあったり、木が刺さった痕の傷を持つ先生も多くいたし、多くの先生が被爆者であった。先生たちは、僕達にヒロシマを知っている君たちは「ヒロシマの子」として、原爆の惨禍を伝えて欲しいし、原爆を無くすために力を尽くして欲しいと、教えられて育ってきた。そんな中で、大学で原水爆禁止運動、平和運動と出会い、今があると思っている。 その運動の中で、被爆者の方々に育てられてきた恩は、忘れることはできない。

そんな人生の中で、卒業した中学校の先輩と運動を共にしていることも、僕の誇りの一つでもある。

井上さとし参議院議員がそのひとです。広島市立庚午中学校の先輩なのです。

政治を変えれば、核兵器を無くす大きな力になると思っています。今度の選挙は、核兵器廃絶のためにも、原発をゼロにするためにも、頑張らねば♪   (Y・H)