トップページ > ニュース > 原水協通信 草の根2013年2月号

熱田神宮で元旦宣伝

今年も1月1日13時から、初詣客でにぎわう熱田神宮前で、恒例の元旦宣伝を行いました。

平和委員会、安保破棄実行委員会、新婦人、日本共産党、春日井・あま・中村地域原水協、労働組合きずな、県原水協から21名が参加し、一時間でアピール署名141筆、被爆者署名90筆、カンパ1100円が集まりました。

今年は例年になく、暖かい陽気の中での宣伝となり、署名してくれる中には晴れ着姿の女性や外国人観光客もありました。小さな子ども連れの親子がすすんで署名してくれたり、机の上の署名内容をじっくり読み「核兵器は無くさないかん。頑張ってくれ」と書いてくれた壮年の男性、「国連にもっていくなんてすごい」と仲良く友達と署名してくれた男子中学生など、多彩な人々が署名に応じてくれました。

憲法を守り活かす、核兵器を廃絶する飛躍の年にしていきたいと思いを強くした元旦でした。



日ベト愛知県連が愛知県原水協加盟!

“お仲間に!よろしくお願いします”

日本ベトナム友好協会愛知県連合会は、1960年代後半から1970年代にかけて行われた「ベトナム人民支援運動」の中で1973年に結成されました。

ベトナム人民支援委員会は、社会党・共産党・愛労評・平和委員会・学者文化人の会などでつくられていました。当時の共闘組織は、このような形でつくられていたので、本協会も同様の形で作られました。初代の会長は、名大農学部の清水先生でした。事務局長は、平和委員会から戸嶋さんを選出しました。

しかし、40年たって、今日になると事態は大きく変わり、在日ベトナム人は、3万6000人を越え、愛知県在住のベトナム人は、約4000人。ベトナムへは、週7便がハノイ・ホーチミンに向け、セントレアから就航しています。昨年の日本人のベトナム来訪者は、40万人を越え、政府関係者の訪越も増えています。
原子砲が持ち込まれたダナンの米軍基地は、今、枯葉剤の除染工事の真最中です。戦争の甚大な被害は、枯葉剤被曝による後遺症として今も続き、第4世代の被害児の時代に入りました。昨年あたりから、沖縄での枯葉剤撒布とその被害が明かになってきています。
こうした中で、戦争の巨大な被害を経験したベトナムを含む東南アジア諸国は、友好条約機構(TAC)を結成して、国家間の問題は、戦争ではなく、平和的な話し合いで行うこととしました。

核の問題でも、東南アジアは、非核地帯を結成し、ベトナムもその一員として、毎年の原水爆禁止世界大会に代表を派遣しています。

日本ベトナム友好協会本部は、創立以来安保共闘に参加し、原水協にも加入してきました。愛知県連は、平和行進実行委員会に参加してきましたが、今回、県原水協のお仲間に加わることとなりました。よろしくお願いします。



熱気あふれる〝新春のつどい〟開催

1月13日午後1時から4時半まで、【2013年核兵器も戦争もない世界をめざす反核・平和新春のつどい】を開催しました。
安保破棄諸要求貫徹実行委員会・非核の政府をめざす会・愛知県平和委員会・愛知県原水協の主催でおこないました。

文化企画は、保健士の塩川智代さん、フルートのすんだ音色に会場がしーんと静まり、一同うっとりと心が和みました。

記念講演は、三重短大の三宅裕一郎准教授の「憲法と青年」。最近の若者の憲法や政治についての調査結果や、総選挙での各党の憲法に対する政策を紹介し、昨今の改憲論の特徴、自民党の「日本国憲法改正草案」の問題点、改憲論に共通する落とし穴、そして憲法を浸透・共有するための方途について、とても分かりやすく丁寧にお話ししていただきました。
出身の岩手の被災状況にもふれ、「憲法が世界各国でできたのは国の為政者・権力者から、国民の人権を守るためであり、憲法を守るべきは国や権力者だと声を挙げ運動を広げよう」と強調され、熱い思いがしっかりと伝わる講演でした。

70名の参加者からは、「三権分立が形骸化しているのではないか」とか「安倍政権の改憲を許さないために参議院選挙が正念場」など、たくさんの質問や感想・意見が出され、家庭料理と交流も楽しみ、新年にふさわしい学びのスタートとなり、熱気あふれる新春のつどいとなりました。



地域原水協から 名東原水協

手を抜いたらすぐ平和じゃなくなる!

再開総会を1997年に行い、9団体と個人加盟の方々と元気にスタートしました。

今年26年目を迎えます。何事も始める時は勢いがあっても持続することは難しい。6年7年と経過すると、毎日発行していたニュースが途切れてくる。理事会開催が困難になってくる。各団体の中心メンバーがほとんど、日程の調整が難しい。真に風前の灯となり悩むが……。

年が明ければ、その年の平和行進の実行委員会を立ち上げ具体化しなければならない。他団体との関係もあるので、無責任なことはできない。名東区の子どもまつりで原爆パネルも続けている。 また、毎月の6・9行動だけはたとえ一人でも……、と続けることに意味がある……。指先が凍え、霰の降る日も続けてきた。区内の小・中学校に「被爆組写真」を届ける運動も3年がかりで届けることができた。

この持続させる力はどこから……。

みなさんも同じだと思いますが、平和を壊そうとする勢力がある限り、手を抜いたらすぐ平和じゃなくなる、だから続けるのです。
若い力を育て共に平和を守り、創造していく運動を続けていかなければなりません。

今後は、理事会で確認した方針の中の、地下鉄ギャラリーでの「原爆パネル展」を実現させ、多くの方々に非人道的な被爆の実相を伝えていく努力をしていきたい。組織の安定と活発な活動を支えていく人たち、個人加盟も増やし、力をつけていけたらと願っています。



草ノート

「今年もよろしくお願いします」。多くの人がそう挨拶を交わし、原水協をはじめとした仲間が熱田神宮前で宣伝を行った元旦。新年の幕開けを実感する暇もなく仕事をしながら私の2013年が幕を開けた。

反核・平和運動を高校生の時から取り組み始めた私も今年は30歳。読んでいる方には怒られそうだが、時間が経つのは、実に早い。この運動を取り組むようになって、多くの人に出会い、多くの人との別れがあった。

昨年は幼少の頃から地元でお世話になり、この運動に取り組む中でも叱咤激励してくださった方の交通事故死。会うたびに「元気か?」と声をかけてくださり、世界大会では毎年のように杯を交わし、孫のように可愛がってくださり、多くのことを教えてくれた愛しい被爆者らとの別れがあった。

命あるもの必ず最期が訪れる。それにしても、別れはさみしい。

一人ひとりから得たもの。それを噛みしめながら、今年も歩みたいと思う。 「ノーモア ヒロシマ。ノーモア ナガサキ。ノーモア ヒバクシャ」を叫びながら。 (S・T)