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原水協通信 - 草の根

原水協通信 草の根2014年6月号

NPTに向けて、今年が重要な年と実感

~NPT再検討会議第3回準備委員会報告~

中村 空慈(日本福祉大学)

4月27日から5月5日に日本に帰国するまでの6日間、日本原水協の要請代表団の一員として、ニューヨークの国連本部で開催されたNPT再検討会議第3回準備委員会に参加してきました。
13カ国の国々に要請を行い、アンゲラ・ケイン国連軍縮上級代表や準備委員会議長に署名目録を手渡したり、公園で署名活動をするなど、大変充実した行動となりました。

各国要請では特に、核保有国の対応について報告します。
イギリスのマシュー・ローランド大使は「核兵器の人道的影響についてよく承知している。国民からも参加すべきとの意見があり、国会でも参加についての議論があった。(人道的影響に関する次回の国際会議である)ウィーンの会議への参加は検討することになる。核兵器禁止条約は全ての保有国が署名するものであり、信頼性を高めることが重要であるが、現段階はまだ十分な信頼性があるとは言えないと考える」とのべました。

パキスタンのマスード・カーン国連大使は、「パキスタンは核兵器禁止条約の交渉開始に賛成している。1974年にインドは初めて核実験を行い、その後1998年に再び実験を実施したためパキスタンは防衛のためやむなく核保有している。条約の交渉開始を決議した国連総会決議の履行が妨害されている。国境から核兵器を撤去するよう働きかけてほしい」と自国の安全保障のために核兵器を保有している理由を話していました。アメリカのクリストファー・ベック軍縮副代表は、従来通りの段階的削減(step by step)との主張を繰り返していますが、核保有国の姿勢は様々であり、署名など市民運動が変化をつくりだしていると感じました。

「若い世代が被爆者の話に感銘をうけ、運動に加わっている」とスイスの軍縮大使が発言していたとおり、被爆者の声や運動が原水爆禁止運動を支えています。
しかし、来年のNPT再検討会議は被爆者の方々にとって最後の会議になるかもしれません。だから今年が本当に重要な年になると強く感じました。
被爆者の思いを受け継いでいかなければならないのは、唯一の被爆国である私たち日本国民です。そしてこれからの日本を生きていく上で考えていかなければならないのは僕たち若い世代です。
この経験をバネに、来年を見据えて核兵器廃絶の思いをひろげていきたいと思います。

あいち平和行進出発集会 盛大に開催

5月24日(土)、2014年あいち平和行進の出発集会を開催しました。7団体8地域から48人が集まり、平和行進の意義やNPT準備委員会の報告で学びを深め、昨年の平和行進を振り返り、県内通し行進者の決意表明、各コース実行委員会の取り組みを出し合いました。
最後はうたごえのリードで、平和行進の新しい歌「こんにちは!平和行進です!」などをうたい、大いに盛り上がりました。

連帯の挨拶をした愛友会の水野事務局長は「以前は引き継ぎに40人の被爆者が参加したこともあったが、年々難しくなっている。しかし行進の中心には被爆者がいるべきであるし、被爆の悲惨さを忘れて欲しくない。出る限り集会に参加したい」と話し、被爆者とともに行進をする大切さを再確認しました。
今年は、県内通し行進者が最多の25人。20年以上通し行進をしている猛者から初参加者まで、多彩な顔ぶれが行進を支えます。

各コースの交流では「プレ企画で第5福竜丸のDVD上映をした」(小牧)「ピースアクションで東北支援クッキーを販売する」(あいされん)といった創意工夫が出され、一歩でも二歩でも参加してもらおうという意気込みが共有できました。

共同連絡会代表の沢田昭二さんが「今年は、人類の歴史の転機になる被爆70年、NPT再検討会議の来年に向けて重要な年。日本政府を核兵器廃絶の先頭に立たせるためにも今年の行進を大いに取り組もう」とまとめ、今年の行進を成功させようと交流しました。

清須から通し行進 3人初参加 —あま東部平和行進実行委員会

23年前初めて広島での原水爆禁止世界大会にコープより参加し、その後長崎での世界大会にも行き反核・平和への思いが強くなりました。

以前は名古屋集中行進に参加するだけでしたが、4年前から清須市に平和行進が通ることになり地域実行委員会に参加しみんなで取り組むようになりました。
参加団体それぞれが創意工夫し、「鳩を折り沿道で配ったり署名をしてもらう時に渡す。」「会員で鶴を折り毎年2千羽~3千羽にして行進団に託す」「お茶・ミニトマト・飴の差し入れをする」など…。
先日市長・議長に表敬訪問し「今年も清洲城の出陣太鼓を叩いていいですか?」「ゆるキャラを又貸して下さいね」とお願いし、市役所前集会でのご挨拶やペナントの協力もお願いしてきました。
地域実行委員長でもありベテラン大長さんに続き、渡辺さん・安島さん・伊藤の3人が清須から県内通し行進デビューします。
昼の休憩では水戸黄門平和行進バージョンの人形劇も登場… 乞うご期待!! (清須実行委員会・伊藤さち子)

2014年あいち被爆者支援ネット総会

5月10日(土)午後、生協生活文化会館ホールで、あいち被爆者支援ネットの総会が1年半ぶりに開かれ、71名が参加しました。 

記念講演は「ヒバクシャの心の傷を追って」と題し、講師は精神科医の中澤正夫さん。
人は「心の安全装置」を持っている、そのため、被爆後の辛い記憶がもれださないように蓋をしてしまう、そうしないと生きてこられなかった…と。逃げる時に、他の人を助けることができなかったことへの「罪悪感」、また数十年たっても、当時の状況がよみがえってくる苦しさ。
老いていく被爆者は「ここまで生き残らされた」ことの意味を自問しているとも。被爆者に寄り添い、共にたたかうことの大切さを、改めて感じさせられる講演でした。

その後事務局から前総会以降の活動報告や、「ノーモア・ヒバクシャ愛知訴訟」の状況、様々な支援の取り組みなど報告されました。
また、樽井弁護士が、全国の裁判の状況も含め報告し、「被爆の全体像を明らかにしていくことが大事」と話されました。

最後に、沢田昭二さんが、NPT再検討会議の準備委員会で核保有国と非核保有国との対立が鮮明になったことに触れながら、まとめの発言をして、閉会となりました。

草ノート

オバマ訪日に思う……

「三権分立」という言葉を習ったのは中学の社会の時間だったか記憶はぼんやりしているが、権力が一つの所に集中しないようにするためのシステムだと習ったことは覚えている。

今の日本はどうだろうかと問いかけるまでもなく、このシステムのバランスは崩れ矛盾が生まれていると感じる。
原発の再稼働、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認など、一部の人間の考えだけで進むことがどれだけ危ういかは歴史がはっきりと証明している。

司法は先日も、大飯原発の再稼働停止の判断を出した。
原爆症認定裁判に関してはもう何度も何度も行政の判断にNoを突きつけている。
それでも、このまま進んで行くことが許されるのだろうか。

国民の声だけでなく、司法の声も届かなくなる国にならないように声をあげ、大きな運動の輪を広げていけるよう頑張っていきたい。(D・T)

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2014/06/15 原水協通信 - 草の根   愛知県原水協事務局

原水協通信 草の根2014年5月号

あいち平和行進2014 歩こう!あなたも 核兵器のない世界へ!

愛知の平和行進は、今年初めから準備を始め、いよいよ5月31日から愛知県内を平和を呼びかけて歩きます。
2014年あいち平和行進は、今年もコープあいち、うたごえ協議会、共同作業所連絡会、愛友会などと、県原水協に参加する諸団体が「あいち平和行進共同連絡会」を構成し、県内最大の反核平和の共同行動として、5月31日から6月11日まで12日間の日程で県内を歩きます。1958年から始まり56年目を迎え、文字通り思想、信条、党派をこえて、県内の反核平和の願いを結集する「平和行進」への幅広い参加を呼びかけます。

まもなく広島・長崎から69年目の夏を迎えます。
いま世界は、核兵器廃絶に向けて揺るぎなく動いています。
昨年の国連総会では核兵器全面禁止条約の交渉開始を提唱した決議が加盟国の7割を超える137の国々の賛成で可決されました。いかなる場合も核兵器を使用することは許されないとする「核兵器の人道的影響」キャンペーンもひきつづき広がりをみせ、「核兵器の非人道的影響に関する」共同声明には日本も含め125カ国が賛同しています。そして、4月28日からニューヨークで開催される、2015年NPT再検討会議にむけた第3回準備委員会には日本原水協が代表団を派遣し、核兵器禁止条約の交渉開始を求める署名を届け各国政府に要請行動を行います。

安倍内閣のもとで集団的自衛権の行使を容認する解釈改憲の動きや、岸田外相の「核兵器の限定使用」を認める発言など「戦争できる国づくり」をやめさせ、憲法9条を世界へ広げようと呼びかけ、平和大好きの思いを集める平和行進でもあります。

今年は、〝平和行進の魅力を世界に発信しよう〟との決意を胸に、6人の国際青年が全国各地リレー行進で歩きます。愛知は、グアムからアーサー・タイマングロJr.さんが県内通し行進として歩きます。アーサーさんと一緒に、核兵器廃絶の大きな世論を築く平和行進として成功させ、東日本大震災への被災者支援、原子力エネルギー依存から自然エネルギーへの転換、非核平和の日本を実現するため広くアピールする行進として取り組みましょう。

いま、人々の声と行動が核兵器禁止へと国際政治を動かしています。その実現のカギを握っているのは、わたしたち一人一人の行動です。
〝一歩でも二歩でも〟を合い言葉に、核兵器のない世界をめざし、2014年世界大会、そして来年の2015年NPT(核不拡散条約)再検討会議にむかって、今まで以上の規模であいち平和行進を成功させ、核兵器全面禁止の大きなうねりをつくりましょう。

 

平和行進出発集会にご参加を

5月24日(土)13:30-15:30
名古屋市女性会館

今年の行進の意義を学び、楽しい平和行進にするためのアイデアを持ち寄り、多くの人が参加できる行進をつくるための出発の場となります。
県内通し行進者の決意表明、新しい平和行進のうたの練習、NPT再検討会議準備委員会報告など学び、交流できる企画が目白押しです。

 

ノーモア・ヒバクシャ愛知訴訟第13回口頭弁論を傍聴下さい 

5月8日(木)名古屋地方裁判所大法廷
15:00-15:10 弁論
15:20-16:00 報告集会
(*集会後、栄での宣伝を予定しています)
近畿訴訟判決(3/20)、熊本判決(3/28)、岡山判決(4/23)と裁判所が原告を原爆症と認める判決が続いています。岡山地裁判決は国に国家賠償の支払いを命じた画期的な判決でした。報告集会では愛知訴訟の現状やこの間の判決の意義についても交流します。ぜひご参加下さい。


愛知からNPTへ!③

2015年NPT再検討会議の成功で人類の未来を切り開こう〈下〉

愛知県原水協理事長 沢田昭二

2015年NPT再検討会議に向けた取り組みが全国で始まっています。愛知でも、核兵器全面禁止の世論を広げ、30万筆を目標に署名を集めて100人でNPTに参加しようと、「NPTに行こう・愛知」を立ち上げました。2015年4月まで約一年間の取り組みを毎月連載でお届けします。  第3回は前回に続き愛知県原水協理事長の沢田昭二さんに寄稿していただき、2015年NPTの成功がどのような意義があるのかを学びます。

核抑止論が核兵器禁止条約の交渉開始の障害
2010年のNPT再検討会議では2000年NPT再検討会議の「核兵器廃棄の明確な約束」を再確認し、核兵器のない世界をつくるためには国際的な枠組みが必要、'08年の潘基文国連事務総長の核兵器禁止条約の交渉の提案に注目、市民社会からの新しい提案およびイニシャチブに注目、などの文言が最終文書に入った。
しかし、核兵器禁止条約の交渉開始の日程などのロードマップは核兵器国の抵抗で採択されなかった。

核兵器の非人道性に焦点を当てる
このような情勢の中で、2015年NPT再検討会議の準備委員会で、「核抑止論」や「核の傘論」など安全保障の議論から切り離して、核兵器使用の非人道性にしぼって核兵器禁止条約の交渉開始求める「共同声明」が発表された。
「共同声明」に加わった国は、第1回準備委員会('12年4月)16ヶ国、'12年国連総会で35ヶ国、第2回準備委員会('13年4月)80ヶ国、'13年国連総会125ヶ国と年々増加してきた。
日本政府は「共同声明」に参加を拒んでいたが、日本原水協、日本被団協、広島市と長崎市の平和宣言などで批判され、'13年の国連総会では、被爆国として遂に「共同声明」に参加した。
しかし、依然として「核の傘論」の立場から、国連総会の核兵器禁止条約の早期交渉開始を求める決議には棄権を続けている。

人類の本来の発展方向を取り戻そう
今取り組まれている「核兵器全面禁止のアピール」署名が求めているように、2015 NPT再検討会議において、核兵器禁止条約の交渉開始に向が決まるかどうかが大きな焦点である。
核兵器禁止条約がまとまれば、広島・長崎の原爆投下から70年間続いた核脅迫政治の時代が終わり、国連憲章の武力行使禁止の原則を具体化した日本国憲法第9条のように軍隊のない地球をめざして、人類が本来の発展の軌道に立ち返ることになる。

「2015 NPT再検討会議に行こう愛知」の皆さんとともに、こうした人類の本来の発展方向の展望を訴え、逆行する安倍政権を変えて、2015 NPT再検討会議の成功をめざそう。 〈おわり〉

署名とともに原爆パネル展示を   —岩倉原水協

岩倉市では、憲法改悪反対共同センターが、平和運動のセンターになっています。
岩倉市年金者組合、新婦人岩倉支部、日本共産党岩倉市委員会、尾北民商、岩倉市平和委員会などが参加しています。
毎月9日に、署名宣伝行動を呼びかけて共同で、岩倉市の地下道で署名活動を中心に宣伝をしています。もちろん核兵器廃絶署名にも取り組んでいますし、原爆パネルを毎回展示しての原爆展も行っています。
宣伝場所は、岩倉駅の改札口のある地下道で、雨でも安心して行動に取り組めます。高校生なども原爆パネルに見入ります。
親子で話しながら原爆パネルを見る姿も珍しくありません。原爆パネルを見た多くの人が、署名にもご協力してもらっています。

また、岩倉市では平和委員会が中心に毎年(昨年は場所の関係で中止でしたが…)「平和のための戦争展IN岩倉」を市役所のロビーで年末から年始にかけて行っています。
展示物も、岩倉市出身の戦没者の遺品などを中心になっており、毎年、岩倉市民の方から新たに展示して欲しいと、軍服などが寄贈もされています。
冬休みに開催している関係で、市役所で勉強している中高生が見入る姿が多いです。(岩倉原水協 横江英樹)

草ノート

オバマ訪日に思う……

オバマ米大統領の今回の訪日では、残念ながら被爆地をはじめとした全国の反核運動の願いは叶わず、広島・長崎の訪問はならなかった。
次の機会(もしあればであるが……)に堂々と訪問させるためにも、来年のNPT再検討会議で私たちと世界の反核運動が核兵器廃絶への道筋をしっかりつけ、背中を押すことが大切だと改めて感じた。
一人のリーダーではなく、時代を動かすのはやはり世論と運動だと思う。

ところで同様に残念だったのは、種々の報道が安倍政権の思惑に乗せられた一面的なものになったことだ。
「尖閣諸島は日米安保の適用対象」と発言したことについて、ことさらに大きく報じた感があった。尖閣は日本の領土なのだから、日米安保の適用対象というのは以前からの米政府の立場であり、この点を確認した事務方協議を踏襲した発言に過ぎない。
一方で米中関係に配慮した共同会見での一連の発言はあまり報じられなかった。

世論の力を知っているからこそ、秘密保護法の例をあげるまでもなく、政府は報道をコントロールする。
その思惑を打ち破る主体は、やはり私たち草の根の運動と改めて感じた。(Toshi)

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2014/05/15 原水協通信 - 草の根   愛知県原水協事務局

原水協通信 草の根2014年4月号

被災60年3・1ビキニデー 愛知から156人参加!

~2015年NPTに向けて運動の飛躍を~

2月27日から3月1日、被災60年となるビキニデーが静岡県で行われ、1日のビキニデー集会には海外代表3人を含む2400人が参加しました。

愛知からは被爆者4人を含む156人が参加し、昨年を大きく上回る取り組みとなりました。28日に行われた日本原水協集会では、ビキニ被災60周年の今年、ロンゲラップ島民支援代表団をマーシャルに送り出したことを紹介。
2015年NPTにむけて、①国際政治への働きかけを強めるために署名の飛躍をつくりだすこと、②アメリカの「核の傘」の依存から、核兵器全面禁止の先頭に立つ日本政府に変えること、③2015年NPT会議に向けて平和行進、世界大会の成功をとの行動提起がありました。
草の根の取り組み交流では愛知県代表として、小田前県原水協事務局長が、瀬戸での戸別訪問など署名の取り組みの報告とNPT会議に向けて署名と運動の飛躍の決意を語りました。

3月1日のビキニデー集会は、被災60周年の節目の年として、第5福竜丸元乗組員2人が今回初めて証言を行いました。
学生が体験談を記録するためのインタビューがきっかけです。被爆体験聞き撮りプロジェクトなど被爆の実相を聞き、伝える取り組みの重要性が浮き彫りになりました。

愛知のビキニデーに向けた取り組みでは、平和若者ネットワークが富士基地演習場、在日米軍基地を見学するなど独自ツアーでバスを運航する、みなと医療生協から21人中17人が初めて参加するなど新しい努力や変化があったことも特徴です。
2015年は、NPT会議とともに被爆70年の年となるだけに、今年署名でも運動でも大きな飛躍をつくりだす年となります。
地域、職場、学園でビキニ報告会を成功させ、核兵器全面禁止に向けた2014年のスタートを切りましょう。

愛知からNPTへ!②

2015年NPT再検討会議の成功で人類の未来を切り開こう〈上〉

愛知県原水協理事長 沢田昭二

2015年NPT再検討会議に向けた取り組みが全国で始まっています。愛知でも、核兵器全面禁止の世論を広げ、30万筆を目標に署名を集めて100人でNPTに参加しようと、「NPTに行こう・愛知」を立ち上げました。2015年4月まで約一年間の取り組みを毎月連載でお届けします。 第2回目は、第3回と連続で愛知県原水協理事長の沢田昭二さんに寄稿していただき、2015年NPTの成功がどのような意義があるのか、世界史的な視点から、学習要素たっぷりにお送りします。

不拡散条約(NPT)2015年再検討会議の成功は、広島・長崎の原爆投下以来の核兵器で脅迫する時代から、人類が抜け出す重要な転機になる。

原爆投下で始まった核脅迫の時代人類は19世紀後半から国際条約によって、非人道的な兵器を禁止し、戦争を禁止し、第2次世界大戦が終わる直前の1945年6月には、武力行使を原則禁止して、国際紛争を平和的手段で解決する国連憲章を制定した。
しかし、核兵器を手にした米国は、ソ連を核兵器で脅して米国の言いなりにさせようと、広島と長崎に原爆を投下した。
原爆による脅迫を理解したソ連は、対抗して原爆をつくり、米ソの核軍拡競争が始まった。今日まで続く「核兵器で脅す時代」の始まりであった。

ビキニ事件で始まった日本の原水爆禁止運動
米ソの核軍拡競争の中で1954年3月1日、米国のビキニ環礁における広島原爆の1000倍の破壊力の水爆実験で日本中で原水爆禁止運動が起こり、1955年原水爆禁止世界大会が開かれた。
以来、被爆者も含めた60年間の原水爆禁止運動が今日の核兵器のない世界をめざす世界世論の形成に大きく貢献した。

NPT再検討会議を核兵器廃絶の道具に
核独占を狙って核不拡散条約(NPT)が結ばれ、非核兵器国に濃縮ウランを提供して原発をつくらせてNPTに加盟させ、1970年にNPTが発効した。
NPT再検討会議を5年ごとに開き、提供した濃縮ウランの核兵器転用をチェックしてきた。

1995年のNPT再検討会議でNPTの無期限延長が議論されたとき、ちょうど1985年から始まった「ヒロシマ・ナガサキからのアピール署名」がヨーロッパ、メキシコやニュージーランドなどに広がり、核兵器のない世界をめざす政府が生れていた。
世界世論をバックに、NPT再検討会議の議題に核軍縮を加えてNPTの無期限延長を認めた。核独占の手段が核兵器廃絶の道具になり、5年後の2000年NPT再検討会議では、新アジェンダ諸国と非同盟諸国を中心に核兵器国を追い込んで「核兵器廃棄の明確な約束」を勝ち取った。

米国の世論を変えたピースパレード
2005年NPT再検討会議では米国のブッシュ政権が「核兵器廃棄の明確な約束」を反古にして何も決まらなかった。
しかし、被爆者も含めた1000人を超える日本の代表や全米から集まった人たちが国連からニューヨーク五番街いっぱいに広がってピースパレードをし、セントラルパークで集会を開いた。
これを全米のテレビとトップページ写真入りの新聞が報道し、ブッシュ政権の世界世論からの孤立を全米国民が知り、以来、米国の核兵器のない世界を求める世論は過半数を超えて年々増加し、2007年の大統領選挙では核兵器のない世界をめざすと訴えたオバマ大統領が生まれた。

(つづく……)

3・11さよなら原発in愛知 明日につなげる大集会

3月2日(日)栄にて「3・11さよなら原発in愛知 明日につなげる大集会」が行われました。参加者は1500人。集会を行った後パレードを行いました。県原水協も会場内で愛友会と共に原爆展のパネル展示と署名行動を行いました。また、平和グッズ、コーヒー販売の店も開きました。展示の前には多くの人が立ち止まり、中には買い物帰りの家族連れが話しをしながら展示を見ている光景もありました。署名は、アピール署名が90筆、被爆者署名が102筆集まりました。

6・9行動を知らせるニュースが   —岡崎・額田原水協

大村副理事長(現:代表委員)を招いた学習会から、4年近くがたちましょうか。1、2回の休みはありましたが、毎月6・9行動を続けています。
今月の連絡と先月のようすをニュースでお知らせするのですが、それだけで終わらせるのはもったいないと、地域の関連行事や原水協通信や平和新聞の気になる記事を、切ったりはったりして楽しんでいます。

また、昨年末に幸田町が原爆パネルを購入しました。三河で初の購入です。
そして今年の1月中旬から約2週間展示されました。要請に2回訪ね、町長と直に話す中で購入が決定されたことは大変重要だと思っています。(杉田隆志)

草ノート

2月15日の総会で役員体制が変わって、早1ヶ月半。その間ビキニデーの取り組みやインフルエンザがあり(インフルには罹ったのですが)、あっという間に4月が始まります。
まだまだ、反核運動の中で自身のやりたいことを見つけて取り組んでいくというよりは、会議と実務に追われているという感は否めません。
しかし、事務局長となって地域や団体が運動を多種多様、多彩に展開していることを改めて実感し、県内の平和運動を手のひらにのせ、どのように推進していくかを一緒に考え、実行できるようになりたいなあと、事務局の役割がやっと少しわかったような気がします。

また、「経験値が少ない中でレベルアップするためには、二倍学ばなければ!」とある夜、事務所から自宅に自転車で帰る途中で唐突に決意しました。時間をやりくりして、学習に精をだそうと思っています。
これから平和行進、世界大会と熱い平和の夏が来ます。地域の会議にも出かけていき、一緒に学び、悩み、行動して2014年を、「この年があったから2015年NPTで大きな成果をつくりだせた」と振り返ることができるような年にしていきたいです。 (K・O)

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2014/04/15 原水協通信 - 草の根   愛知県原水協事務局